人事部長からの質問

2003/08/08 75

人事部を「人事・教育部」にしようという意見があるが。

教育という言葉はヘンな言葉ですね。小さい頃から私はこの言葉が嫌いで、人が人を教育するって一体何をいうのだろうか、と思ってきました。少なくとも、私は誰からも教育された覚えはありません。全部(それを)断ってきました。ご質問に戻りましょう。会社は、定款でうたわれた仕事をなすべく結社された目的的組織です。国法によって祖国防衛を担うべく定義された国防軍とよく似ています。国防軍にあっては、武器・錬度・士気が重要です。武器がハードウエア、錬度と士気がソフトウエアです。同じことが会社においてもいえます。武器がビジネスモデル。錬度と士気を高めるためになされる組織内の営みが(ご指摘の)教育でしょう。「錬度」も「士気」もつねに「武器」とセットになっていると思います。それが重要です。人が人として自らの行動を監視して行動に美や秩序を求める独立した営みを私は(自己)教育と呼びたい。こうした営みは目的的組織における適切行動とは無関係です。よくわからない理屈ですが、今までどおりの人事部でよいのでは。

文責:清水 佑三

2003/08/07 74

小泉改革はマスコミがいうほど失敗か?

「改革なくして成長なし」と小泉さんはいいますが、彼の改革のターゲットは「集票・利権」システムの破壊であって、そこだけに目がいっているように思います。「全国特定郵便局長会」「(公共事業推進型)地方議会」「道路公団」「日本医師会」等が血税を私物化してしまう現象、それを助長するがごときの政治屋の跋扈が彼の真の敵です。旧経世会(田中角栄派)を目の敵にするのは、彼らがそういうシステムを作り食い物にしてきた、とみているからでしょう。それらのすべてから「小泉やめろ」コールが起きています。(小泉さんが戦っている)確固たる証拠です。私は真の改革者は「暗殺」される、と思ってきました。暗殺されない改革者は、似非(えせ)であります。浜口雄幸(おさち)が東京駅で刺されたのは、彼が国家に対して強い危機感をもち、政治主導で日本という国の形をよくしてゆこうと真面目に考えたからです。小泉さんも抵抗勢力の剣難にあって総裁選に負け、総理大臣として解散に踏み切る、と私はみています。それが彼の今のシナリオでしょう。決して失敗していない、が回答です。

文責:清水 佑三

2003/08/06 73

人事部長の次のポストは?

ご指摘になりたい問題意識が何となくわかるように思います。好むと好まざるとにかかわらず人事部長は企業内個人に関する情報が集約されて届くポストです。事件になれば警察とも連携して動くのが人事部長、法務部長の仕事です。情報に対して抑制的でないと、「内部告発リソース」を満載したノートを自己の利益のために使いたくなってしまいます。このことと人事部長の次のポストとが関係します。一般に規模の大きな法人になるほど、人事部長への登用については慎重です。将来のボードメンバー(戦略決定者)を想定して登用していると思います。下手にその人を外に出してしまって、悪意で「職務上で知りえた情報」をばらまかれたらたまったものではないからです。実際に私がお会いしたある大法人の人事部長さんは、次は役員以外は受けない。その場合、退職後は、過疎地へ行って農業をしようと考えている、といっておられました。

文責:清水 佑三

2003/08/05 72

「セクハラ」とは何をいうのか。

正直な質問だと思います。現時点では法律は被害者を女性に特定していますが、実際はそうではありません。「セクハラ」ですが、「性的関心」が動機で発生した心身の傷害事件です。「あなたはあの人と性的関係があるのではないの?最近、一緒にいることが多いよね」というような話題を好んでとりあげる人がどこの職場でもいるものです。立派な「セクハラ」です。言われたほうはたまったものではありません。そういう噂が職場でひろがるとします。名誉毀損問題も発生します。また個人の内部にトラウマ(後遺症を伴うショック)をつくり「被害」を構成します。「性的関心」を自らの意志で封印せよ、と申し合わせることが大事です。私が社長を勤める会社では「事に仕えて濁らず」という言葉で、この問題を共有化しています。パーソナリティがために封印できなかった人は、悪いけど辞めてくれ、といってきました。とてもカッコ悪い辞め方になります。

文責:清水 佑三

2003/08/04 71

分社化と子会社統合と、どちらがよいのか?

エス・エイチ・エルグループを例にとって申し上げると、30の国と地域にあった現地法人を統合して1997年に完全に一本化しました。ただ、日本とスペインだけは、いろいろな経緯・事情があって、分社化のままで残しました。各国の現地法人はすべて同種の仕事をしており、分社化と統合化のどちらがよいか、ひとつの実験的な事例を提供していると思います。結論的にいえば、今のところ、分社化したスペインと日本の二つの拠点が元気がよく、統合化された本体は、低迷を余儀なくされています。ご質問を政治になぞらえれば、中央集権制度をとった明治政府と300の藩に自治を認めた江戸幕府のどちらが(天下万民にとって)よかったか、でしょう。優れた人物、文化、環境をつくったという点では江戸時代に軍配があがるように思います。特に、学問・芸術・政治において、明治以降の貧困には目を覆うものがあると私はみています。詳説するスペースがないのでここでとめますが、中央集権化思想は進化の阻害要因であり、人の心に棲んでいる「おもしろいことをおもしろくやりたい」という根源的な欲求を摘み取るところがある、とみています。回答になっていませんか。

文責:清水 佑三