人事部長からの質問

2003/10/22 125

組織はどういう順序でダメになるのか?

人の体が劣化してゆく順序と基本的に同じです。体の劣化現象は、慢性疲労・不眠→ある部位の鈍痛→血液疾患→感情障害→臓器の病変という順序をとります(久司道夫)。組織の劣化も同じです。何者かに脅迫されているように頑張る状態が慢性化すると、意味がないことをしているような気持ちに襲われます。これが第1期。つづいて、あってはならない事故、不祥事が仕事上で起こります。第2期です。それが会社のトップに届かなくなります。第3期です。かりに届いてもそれがどれほどの不祥事なのかの判断がつかなくなり、自分たちだけに通る説明しかできなくなります。第4期です。最後は組織が蝕まれて何をしても利益創出ができなくなります。これが最後の第5期です。ダメになる順序はこんな感じです。

文責:清水 佑三

2003/10/21 124

人事部のパフォーマンスは何で測るのか?

トップに仕える補佐官にすべて共通することですが、社長に仕えるスタッフのパフォーマンスの評価基準は社長とまったく同じです。最終的なものしかありえません。したがって、スタッフの価値観は、社長のそれとの間で同期(シンクロナイズ)が必要なのです。社長の分身が人事部だと思えばよいでしょう。ならば、社長のパフォーマンスは何で測るか、です。私は「群れの勢い」をつくれるかどうかだとみています。今日の勢いが明日の成果を生みだします。「今日の勢い」を作れるかどうかが、社長の存在理由が問われる場所ではないでしょうか。勢いをつくるためには「夢をみる」という攻撃的要素と「精神衛生を悪くしない」という防衛的な要素の二つが必要です。前者を担当するのが社長、後者を担当するのが人事部だとみています。

文責:清水 佑三

2003/10/20 123

原辰徳はどうして(監督を)やめたのか?

人の出処進退の理由はわかりません。当人でもわからないものです。みえざる神慮が働いているからです。ただ、原辰徳の辞任を受けて全コーチが彼に殉じたのは近代スポーツの世界では珍しい光景でした。彼が性能によって統治するタイプではなく、徳によって統治する天然記念物のように珍しい存在だったから起こったことです。森鴎外が『興津彌五右衛門の遺書』で描いたおいばら(殉死)は、故人が自分に果たした徳への返礼の意味を含みました。原辰徳が辞任発表の記者会見で「すべての責任は私にある」といいきったこと(認識)が背後にあります。現実問題としてそうではないとコーチたちは痛いほどよく知っているのです。にもかかわらず責任のすべてをひきかぶった行動に「徳」を感じたのだと思います。心の深層に眠る何かが響応したのでしょう。

文責:清水 佑三

2003/10/17 122

人事部長は社長への登竜門といわれるが何故?

登竜門でいう「竜門」は中国黄河の中ほどにある急流、難所です。この難所を登りきった鯉は、いつか竜になる、という伝説から、立身出世する人が突破しなければならない関門を登竜門というようになりました。フランスの国立行政学院(ENA)などは典型的な政治家志望の人にとっての登竜門です。同期で100人といいますから、東大法学部の600人の6分の1です。シラク大統領をはじめ、フランスの主だった政治家は大体ENA出身者です。(ちなみに日本の首相で東大法学部卒は7代前の宮沢喜一氏まで遡ります。)ご指摘のように、大会社において人事部長職は社長の登竜門といってよいと思います。次期社長の指名権をもつ人のスキャンダルを、適切かつ果断に対処できるかどうかが最大の試験科目なのです。社長登用はそのお礼かもしれません。

文責:清水 佑三

2003/10/16 121

どの職掌をアウトソースすべきか?

昨日の回答を敷衍するかたちで答えます。まず、アウトソースの意味を明確にしておきます。根本的な考えを決めるときに知恵を借りる、という意味での社外機関の利用と、業務をまる投げするという意味での社外機関の利用と二つがあります。昨日あげた八つのすべての職掌において社外の専門家を(概念整理面で)活用する必要があります。法務問題において法律事務所を使うのとまったく同じです。多くの失敗事例に通じた専門家の知識や経験は侮れません。業務そのものをまる投げするという点に限定して申し上げれば、賃金、厚生、教育、人事等の業務はアウトソース可能だし、またすべきだと思います。逆にできない、してはならないという意味で、布置、労政、制度、戦略があると思います。

文責:清水 佑三