人事部長からの質問
将来、部長としてやれる人材かどうか入社時点でのポテンシャルで決まっていると思いますか?
質問の仕方(用語、語法)に違和感を感じます。将来、部長としてやれる人材という表現には、支配の契機が機関(職能)ではなく、部長個人(人物・識見)であるという組織観が暗黙のうちに仮定されています。私の考えは、ある部の部長職は、ひとつの職務名であって、その職務に求められる職能は、その部が置かれている戦略上の要請(=目的)や、その部がもっている経営資源等の条件(=方法)によって決まるもので、大卒の新人であってもその職能をもつ人であれば十分部長としてやれるというものです。この考え方は、かつて一木喜徳郎や美濃部達吉が唱えた天皇機関説の企業版のようなものであります。ご承知のように、彼らは統治権を(天皇)個人に認めず、国家の最高統治機関名を天皇職と名づけただけに過ぎないと主張しました。こちらの考え方のほうが私は好きであり、組織における人的資源の配置問題において説明能力が高くなるとみています。
文責:清水 佑三
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