人事部長からの質問
時間の感じ方を左右するものは何だとお考えになりますか?
「堀紘一さんが講演で、密度が濃いときほど時間は長く感じ、逆なときほど短く感じる、という意味のことを言われていました。私の場合、ひまな一年ほど長く感じ、忙しい一年ほど短く感じるように思えます。」 と質問者の方は添えておられました。ご質問についての私の考えは単純明快で、時間の感じ方を左右するのは「鮮烈な記憶」の量だとみています。谷崎潤一郎の随筆を読むと、日本橋蛎殻町に住んでいた幼少期の記憶が異常に鮮明かつ緻密であることに驚かされます。井上靖の天城湯ケ島町湯ヶ島時代を描いた『しろばんば』もそうです。極め付きはわずか数時間で書かれたといわれる吉田満の『戦艦大和の最期』です。いずれも「鮮烈な記憶」が膨大だったゆえにああいう細密画のような文章が短い時間で書けたのです。彼らの文章を読む限り、それぞれの人にとってそこにはとても長い時間があったと思うのです。
文責:清水 佑三
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