人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
東京電力
定年退職者招待会開催 定退者92人を招待
長年の尽力をねぎらう 勝俣恒久社長など出席
2005年2月7日 電気新聞 朝刊 7面
記事概要
東京電力は(2005年)2月4日、都内のホテルで定年退職者招待会を開催した。03年7月から04年6月までに退職した社員92人と同伴者の計180人が出席した。勝俣恒久社長は「皆さまには長きにわたり、まじめに地道にコツコツと、当社の発展にご尽力いただいた。またそれは、ご家族の支えあってこそ」と挨拶し、招待された人たちの長年の労を労った。退職者を代表して挨拶した吉原勝・前栃木支店副支店長は、「先輩から後輩に受け継ぐべき伝統が今後もしっかりと受け継がれるか、見守りたい」と強調した。
文責:清水 佑三
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改革をしないことも改革
コメンテータ:清水 佑三
(昨今の話題であるが)フジテレビが子会社化を目的に行ったニッポン放送の株式公開買い付け(TOB)に東京電力は応じた。複数の会社が同じ行動をとったが、今のところ、東電の個人株主だけからクレームがついた。
会社に損害を与える取締役会決議を行った取締役に対して(会社として)訴訟を行え、というものだ。提訴がないなら、60日以内に取締役に対して(個人株主が)株主代表訴訟に踏み切る、という。どうして東電だけが、と思う。
東電は、反原発という社会の一つのパワーにつねにさらされている。そのパワーに抗して「原発強化」の国策を推進している電力九社の代表格的な存在だ。
高村薫の『神の火』で克明、執拗に描かれている原発テロへの不安も経営層にある者の心につねに重くのしかかっているだろう。大学を出て東電に入り、階段を 上りつめて役員になっても、その席の座りごこちは必ずしもよくない気がする。少なくとも荒れる株主総会の日に限っていえば。
(この記事によれば)勝俣恒久社長は、定年退職者の長年の会社に対する貢献を感謝する会で「(原子力の再稼動問題に触れて)もう間もなく春が来ると期待している」とのべ、「台風や震災にあっても安定供給に向かって努力する東電のすぐれた伝統」について言及した。
記事概要で紹介した、定年退職してゆく人の代表の挨拶にも「伝統」という言葉が登場し、彼らを労う社長挨拶にも「伝統」という言葉が登場している。東電のよき伝統とは何を指すのだろうか。
私ごとになるが、私の家の敷地の中に東電所有の電柱が二本たっている。契約更新時になると、東電の担当者が来られて雑談して帰られる。「現場と地域を大切 に」という過去の先輩たちが営々と築いてきた東電の伝統は、対話を通して得た感じだけであるが、脈々と生き続けていると思う。
地権者が群れをなして「電柱撤去運動」を展開したら、東電はなりたたなくなる。現場主義、地域主義は、きれいごとではなく電力供給事業者としての生命線なのだ。
こうした電力事業者の(電力)安定供給責任と、電力会社が社員を処遇する際の考え方=終身雇用、定年退職者優遇政策=はセットになっているとみる。
キャリアアップ大作戦で勤続3年の社員ばかりからなる企業を考えてみればわかる。発電、送電設備・機器の保守などできようがないからだ。
この記事に登場する松本電力所で水力機器の保守業務を37年間やってきた一本木保雄氏のコメントは印象深い。
「好きなことを言ってきた。経営層もそれによく答えたくれた。幸運な仕事人生を送ることができた」。今どき、滅多に聞けないせりふであろう。
勝俣恒久社長の「長きにわたり、まじめに地道にコツコツとご尽力賜った」という謝意とコインの裏表をなすコメントだ。まさにご一家、ご一統様の家族主義の伝統が脈打っている。
旧国鉄にもそういう伝統があった。なによりも運輸車両の安全運行を第一に考える企業理念、企業風土があった。世界一の定時、安全運行の神話は、こうした伝統の上に築かれている。
生活に不可欠のサービスの安全、安定供給という仕事上の価値は、そこで働く人の心理的な安全、安定の保証によって生まれる。
すべての社員がトランジット(短期滞在)型の会社が産み出す価値などたかが知れている。市民のライフラインを無事のうちに預かる、は大切だし、一生を通してやりがいがある仕事だと思う。
永年勤続者に感謝し、定年退職者をもてたことをそこにいる人すべてが喜びあう風土のどこが悪いのだろう。優秀な文明の一つのシンボルが「定年退職者感謝会」だ。
よき伝統を守って、あえて改革をしないことも勇気ある改革なのである。