人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
スペースシャワー(子会社)
映像事業に厚み、映画監督、社内で育成
シネコン拡大で商機
2004年8月21日 日経流通新聞 朝刊 4面
記事概要
音楽専門チャネルであるスペースシャワーは、制作子会社のセップ(SEP)を通じて、優秀な映画監督の社内育成に着手した。若手の映画監督を社内にもち、CS(通信衛星)放送やCATV向けの番組コンテンツの提供から一歩進めて、映像産業への本格的な進出をめざす野心的な計画にもとづく。映像メディアの多様化の時代を迎え、優秀なクリエーターの育成は映像制作会社の死命を制する重要な問題。いかにして優秀な映画監督を育て、また育った人材をいかに社内につなぎとめるか、が会社発展の鍵となる。映画制作の現場では、大正、昭和、平成と時代が変わっても厳然として大昔からの徒弟制度が存在しているといわれるなかで、セップの案納俊昭社長は「会社として映画監督への登用カリキュラムをもち、ビジネスと人材育成を両立させることが目標だ」と語った。
文責:清水 佑三
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優秀なクリエーターは(社内)育成できるか?
コメンテータ:清水 佑三
セップの現時点での主要業務は音楽アーティストのプロモーション用ビデオの制作である。年間、250本のプロモーションビデオを作っている。この業界では大手とされる。所属プロデューサーやディレクターの数は約30人、優秀な社員が独立し、マネジメントの代理契約を結んで仕事をしているケースも多い。かかる仕事に携わっていると、夢は自然に膨らむ。映画産業への進出である。
シネコン(複合型映画館)の一般化や大容量DVDの家庭への普及に伴い、面白い映画への(社会全体の)期待は、うなぎのぼりのようだ。だれもがもっと面白い映画を、といっている。
一般大衆の投資対象先に「映画製作」が登場するのも時間の問題だろう。台本、監督、配役をセットにした「製作企画」がベンチャープロジェクトとして大衆投資家に提示され、よい投資先を求める人がそれぞれの「興行収入」を占って、思い切って身銭を投資する。たくさんの投資家がついた映画は制作費をふんだんにもてる。
100億、200億の大作が大衆投資家の資金によって生まれる時代がくる。個人投資家からみて、株式市場を凌ぐマーケットが生まれるかもしれない。株がもつ「夢」と比べて、映画がもつ「夢」の大きさ、豊かさは桁が違う。自分が投資した映画が、ながく人類に愛されたら、投資家として本望である。歴史に名を残せる。
何につけても、ひと、もの、かねという。映画監督という「ひと」の問題がここでクローズアップされる。谷崎潤一郎が昭和初期に作家をタンマしてまでのめり込んだ映画制作現場と今の映画制作現場はそれほど違っていない。角川春樹、深作欣二、つかこうへいが作った「蒲田行進曲」で描かれた蒲田撮影所のままだ。まさに「はじめに徒弟制度ありき」の世界が横たわる。こうした徒弟制度の延長線上にしか映画監督は存在しえないのか、セップの案納俊昭社長の挑戦はそこから始まる。
映像の世界だけの問題ではない。「優秀なクリエーターをもつ」はあらゆる企業のあらゆる場面にとっても死活問題なのだ。
多種多様な面白い映画を作れる監督群を育成するメカニズムを社内システムとして創造しうるのか。案納俊昭社長が取材に答えてもらした言葉を紹介しよう。
すぐれた映画監督は共通して、幅広い知識と優れた人間観、歴史観をもつ。しかも抱く思想が抽象画ではなく、すべて具象画であることが特徴だ。世界中のどんな人でも理解できるような「物語り」の形で思想を表現する。案納俊昭社長は、裾野が広く成功イメージが高いほど、逸材が生まれるチャンスが大きくなるといっているのだ。
名画はDVDやネットを通して世界中の人の家にとどけられる。好きな人は何回も何回も好きな作品を繰り返してみる。北野武が「映画をつくろうと一度も考えないで生きていられる人がこの世にいるってことが、おれにはどうしてもわからねえ」。同感である。
職業に貴賎はないが、映画監督くらい「ねたましい職業」はない。そういうねたましい職業人を輩出する社内育成制度への挑戦劇があるとすれば、目が離せない。