人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
東芝
女性輝け!東芝の策 社長直轄組織で「遅れ」巻き返し
幹部登用、経営を柔軟に
2005年6月28日 日経産業新聞 朝刊 26面
記事概要
東芝は人事部から独立した社長直轄組織「きらめきライフ&キャリア推進室」を昨年10月に発足させ、12月に社員向けメッセージ媒体「きらめき」を刊行して「きらめいている会社」をめざす再生宣言を行った。創刊号の冒頭に「きらめいている会社」を定義した。(1)自分らしく自分のもてる力を発揮できる会社(2)仕事を通じて自己実現を果たせる会社(3)成果に応じてきちんと評価される会社(4)働くことを楽しいと思える会社(5)仕事を家庭と両立できる東芝である。社長直轄の新組織が選んだ変身のための案は、「女性幹部を育成し経営に多様な価値観を織り込むこと」「結果として(今の東芝にない)柔軟な経営が可能になり、企業としての収益性の引き上げができる」(岩切貴乃推進室リーダー)。今年3月には女性幹部育成のための「きらめき塾」も開設した。管理職に進むことをためらう女性社員を動機づけられるかどうか社長直轄の新組織の鼎の軽重が問われる。(榎本敦記者)
文責:清水 佑三
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きらめいている東芝、はよい着想
コメンテータ:清水 佑三
東芝の人事制度改革の動きは、記事中に要約されている。
社内公募制度を連結子会社に拡大
社内冊子「きらめき」創刊
育児休職期間を子供が満3歳になるまで延長
介護休職や看護休暇も取得しやすいように制度改正
東芝の人事・評価制度企画部、金井淳グループ長は、東芝が人事制度を考え直す転換点となったのは、2002年だと語る。「人事・処遇改革を進めな ければならない、という経営トップの危機感に火がついた」。(筆者注:東芝はこの年の3月決算で1135億の営業損失をだした。)
社内の組織活性化プロジェクトが動き出し、業績回復には「社員一人ひとりの能力・意欲を生かせる制度」が必須として社内FA、社内公募等の制度導入がはかられた。
軌を一にするようにして結婚や出産を理由にした女性社員の退職件数が減ってきた。船出のよいチャンスである。
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歴史の古い大企業が多かれ少なかれ抱えている問題を東芝もまた抱えている。一部社員から1995年に神奈川県に申し立てがあった「差別のある職場」という申し立てだ。
地労委、中労委とも差別を訴えた申し立て人の意向どおりの命令書がでた。命令取り消しを求める行政訴訟中だが、会社の主張を退ける命令書が出たことで、対外イメージは悪くなる。
つい先日行われた東芝株主総会でも、一部出席者から「日本経済新聞社のブランド評価で当社は『柔軟性・社会性』の項目でソニー、松下、日立、三菱電機の後塵を拝しているのはどうしてか」という主旨の質問がでた(ときく)。
業績面(前門の虎)、ブランドイメージ面(後門の狼)のいずれをみても、東芝は変身せざるべからず、の場所にいる。
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問題は変身にあたっての目標と方法の選択である。
社長直轄の新組織がだした「きらめき」の巻頭言には、変身すべき目標観(めざすべき東芝)が、わかりやすく語られている。その思いを筆者流のコメントをつけて紹介しよう。
自分らしく、とは、人まねをしないで、の意。 (東芝創始者とされる)稀代のエンジニア、からくり儀右衛門こと田中久重への回帰の思いを託している。
自分の持てる力を発揮できる、とは持っているのに形にできない労名主みたいな社内老廃物をみんなでなくしてゆきましょう、の意
「私のライフワークは東芝です。そこでやっている仕事です」といいきれる社員集団の構築宣言
行政命令(地労委・中労委)にある、同期、同学歴の者を基準として「差別」と判断するものの見方の否定。入社時期、学歴等によらず、同等の機会を与えて成果を比べ、成果を出したものを公正、公平に評価、処遇しようという考え方、意志の披瀝。
楽しいと感じるには、したい、できる、評価される、の3条件が必要。すべての社員がつねに、よりしたい、よりできる、より評価される仕事機会にチャレンジできる風土・環境を保障したい、の意。幸せプロバイダーとして、会社の存在理由を提示した。
仕事を通して対価を得、幸福な家庭を築く、を理想とした考え方。会社は社員のよい家庭づくりを支援するために存在する、という「会社はだれのものか」論へのひとつの明快な回答。9時になると寝てしまうジョージ・ブッシュの考え方に近いか。
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季刊「きらめき」には、職場で直面しそうな「危険なシーン」をとりあげ、イラスト入りの回答とともに啓蒙的な説明を加えている。
「無意識のうちに男女で仕事を区別していないか」「育児休暇後の配属や仕事を、育児休暇から戻った本人と相談せずに決めていないか」など、多様なケースがとりあげられている。
目線は、業績の回復というよりも、こういう会社でなければ今の世に存続させても意味がない、という理想の会社像に向けられている。
東芝の株価は低迷している。その理由についてはたくさんの人がたくさんの見方を示している。明日の株価はわからない。自分の明日がわからないのと同じ。
私は「きらめいている会社」に向かって、一歩一歩やるべきことをやってゆけば、東芝は近い将来、低迷を脱すると思っている。
「きらめいている会社」の5項目は、慶応4年3月14日に宣布された明治天皇の五箇条のご誓文を彷彿させる。よい「理想の会社」イメージだ。
よい定義ができれば、よい行動がとりやすくなる。期待したい。