人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

経済同友会提言
BQで人材判断 ビジネス感度イコール知性×人間性×感性

2005年6月24日 産経新聞 朝刊 11面

記事概要

 経済同友会(人事制度改革委員会)は、6月23日、企業の発展を支える人材のもつべき要件として、IQ(知性)、EQ(人間性)だけではだめで、SQ(ひらめきなどの感性の力)が求められるという内容を盛り込んだ提言をまとめた。BQ(ビジネス感度)=IQ×EQ×SQと定義し、これからの人事制度設計にあたって総合的なBQ尺度を活用すべきだというのがその骨子。提言のまとめ役を務めた林野宏経済同友会副代表幹事(クレディセゾン社長)は「これからは商品の売れ行きもイメージが左右する知的感性時代。ビジネスでも感性がより重視される。IQが高いだけでは(市場の変化に)対応できない」とBQの重要性を強調し、人事制度への積極的な活用を促した。同時に「これまでとは違う教育制度が必要」と知性偏重の学校教育の仕組みの見直しの必要性も強調している。

文責:清水 佑三

SQ(ひらめき感度)は面白い尺度

 IQもEQもよく知られている概念である。

 IQとは知能検査で得られる偏差値をいう。知能検査の内容が変われば偏差値も変わる。こんなもので俺の知能が測れるわけがない、と思う人はIQ概念そのものを否定する。

 EQはアメリカの心理学者ダニエル・ゴールマンによる新尺度である。組織をまとめあげる力や他人への影響力、交渉力を、EQという新しい尺度でモデル化した。

 彼が注目したのは、情動、気分などと日本語に訳されている「エモーション」の働きである。IQがどんなに優れていても、ヘンな行動をとる人はゴマンといる。

 人はもともとエモーショナルな動物、なのである。ならば、その制御力を尺度化できないだろうかという問題意識が背後にあった。

 ゴールマンは、自分や他人の隠れている感情に気づく、自分と他人の感情の乖離、相克に気づく、その察知センサーのようなものに注目した。

 もし的確にそれに気づいたら、交通事故の回避と同じで、人と人との感情的な対立による悲惨な展開が避けられるかもしれない。EQ概念は、本居宣長の「ものの哀れを知る」倫理学説と重なる。

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 名著『シンボルの哲学』(岩波書店)を書いたS.K.ランガーによれば、

  「およそ、或る時代とか、或る社会の知的な地平に取り入れられる経験の定式化は、私の信じるところでは、事象や欲望によって決定されるというよりは、むし ろ、自分たちの思いがけない経験を自分たちの納得のいくように分析し記述するために自由に利用できる基本的概念(傍点)によって決定されるのである」(同 著、22刷、5ページ)

 「それらは特殊の問いを提起し、そしてこれらの問いの形式においてのみ、はっきりした表現を示すのである。したがって、我々はこれを思考の発達史上の創造的観念(Generative Idea)と呼ぶことができよう」(同上、7ページ)

 経済同友会は、その時代が求める(ランガーいうところの)創造的観念を提唱する財界有志の集まりである。経済同友会の名を高めた一人に木川田一隆さんがいる。

 私の前職時代、文化放送(NCB)留学委員会の発起人に名を連ねていただくべく、上司とともに東京電力の秘書室に木川田一隆さんを訪ねたことを思い出す。木川田さんが同友会の代表幹事をやめられる直前のタイミングだったと記憶。

 30歳にも届かぬ生半可な社会人の言説をまじめに聞かれて、ところでというように、「産経スカラシップがグループの中にあるのにどうして屋上屋を重ねるの?」と質問された。昨日のことのように思い出す。

 1960 年代の後半から1970年代の前半まで経済同友会の代表幹事を務めていた木川田一隆さんは、公害問題などで声高に言われていた「企業の社会的責任」という 言葉はあいまいだ、何をいっているかよくわからない、それをいうなら「企業の社会に対する責任」というべきだと繰り返し訴えた。

 単なる言葉の言いかえではない。「社会が企業に要求する社会的責任」と「企業が自らのミッションとして自分に課す社会に対する責任の認識」とは似て非なるものだ。木川田一隆さんの提言は、その時代の地平を開く創造的観念の一つの見本であった。

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 記事に戻ろう。経済同友会、林野委員会は、2005年6月、新しくIQ、EQにつけ加えるべきものとして、SQという新概念をつくった。

 「ひらめきの感性」というのがそのキャッチフレーズである。時代が求める人材要件のひとつに「ひらめき感度」を位置づけたのである。

 サイコメトリックを業とするものとして、この提言は当を得ているといわざるを得ない。図式化してみよう。

 IQ: 真理に働くインテリジェンス。無理のある主張とそうでない主張の違いがわかる。
EQ: 善に働くインテリジェンス。社会的によい行動とそうでない行動の違いがわかる。
SQ: 美に働くインテリジェンス。感動を与えるものとそうでないものの違いがわかる。

 真・善・美という普遍的な価値のなかで、真、善についてはIQ、EQという形で概念化ができている。美に対して働く知性については概念化がなされていない。それならば、ということだ。

 この三つがバランスしている社長とそうでない社長を考えると、提言の意味は一層はっきりしてくる。退けられている「人物像」とは、

  • 間違った知識をふりかざし、意味不明のことを主張する。
  • その場の成果が出るなら何でもアリで突っ走る。顰蹙を買う。
  • どんな挨拶も聞き手の心にしみいらない。絶叫あるのみ。

 ひらめき=美的感動を与える契機、という位置づけには違和感を感じる向きがあるだろう。説明を加えたい。

  ある研究者の説によれば、日本人は数学フィールドで厚みのあるよい仕事をたくさんしていて、世界の数学の発展に大きく貢献しているそうだ。このことと、日 本人の美的感受性の豊かさとは根源的なところでつながっているという説である。ひらめき=美的感受性の発露、という意味。

 ビジネスマンであっても「美的感受性」が問われる、は結構なことだ。当たり前のことが当たり前に提言された、と感じる。立派な、Generative Ideaである。同友会は死なず、か。

コメンテータ:清水 佑三