人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

京都の3大学、任天堂 インナーシップ
企業で学生ソフト開発 「自由な発想で」「職業観を培う」

2005年5月11日 京都新聞 朝刊 26面

記事概要

 立命館大、京都造形芸術大、京都情報大学院大の3大学学生が、任天堂技術陣の助言を得て、1年間かけて「ニンテンドーDS」のソフト開発に挑む。立命館大政策科学部でコンテンツ産業論を教える細井浩一教授の発案にNPO法人「京都西陣町屋スタジオ」が賛同して場所等を提供し実現した。立命館グループが企画、京都造形芸術グループがデザイン、京都情報大学院グループがコンピュータプログラムをそれぞれ担当する。京都情報大学院大二年の中口孝雄さん(30)は、「大学の枠を超え、企業の助言も受ける実践体験は刺激になる。自由に発想を出し合いたい」と話している。短期間の企業内実習はインターンシップと呼ばれ流行しているが、一年間をかけて産学協同型の体験学習をするプログラムは全国ではじめて。大学での講義と企業の開発現場の両方を取り込むこの試みは「インナーシップ」と名づけられた。成り行きが注目される。

文責:清水 佑三

すべての道は京都西陣から…

 NPO法人「京都西陣町屋スタジオ」のホームページに、同法人の目的が次のように書かれている。

  「西陣は、中世以降、今出川大宮付近を中心に、織物の各工程が専門分化して拡がる家内制手工業が集積し、職住一体となった町衆文化を形成する町として発展 してきました。しかし現在は、和装・繊維産業の後退にともない、労働人口の流出・高齢化が進行した結果、空いた町家が取り壊されてマンションや駐車場に姿 を変え、日本のどこにでもあるような退屈な街並になりつつあります」

 「このよう中、私たちはこの西陣という地域を、職住一体となった生活空間で、地域資源を活用した新しい事業が展開し、従来の和装・地場産業とともに成長する町として活性化したいと思っています。そしてこの動きを、西陣から京都全体に広げていけたらと考えています」

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 アメリカの建築家、ルイス・カーンの「形態は、機能を啓示する」という有名な言葉を思い起こす。

 自分たちの地域から、というものの言い方がよい。強い決意を秘めれば秘めるほど、ものいいは静かになり、手の届くところを指差しての発言になる。

 NPOの目的を書けば、自らの信義を述べて、衆人の冥を諭す「檄文」とならざるをえない。ところが、この文章は少しもそれらしくない。思うところを述べた後、わずかに西陣から全京都へ、としか言っていない。あえて世界へといわないところに凄さがある。

 京都の三大学の有志が、西陣町屋スタジオを拠点にして一年かけて任天堂スタッフの助言を得ながら「ゲームソフト」の開発に挑む。

 まさに「職住一体のあたらしい町衆文化の形成」である。町衆には、三つの大学の学生、任天堂の開発エンジニア、それにNPO法人の人たちが含まれる。地域資源とはここに集う人たちの「内なる意欲」だろう。

 このNPO法人の理事にはスタンフォード(大)日本センターマネジャーの福永寛氏が入っている。記事によれば、秋からはこの企画にスタンフォード大日本センターの学生たちも加わるという。

 ガレッジ・スピリットはヒューレット・パッカード社の原点である。二人の偉大な起業家を生んだスタンフォードという大学の気風と京都西陣の気風はどこかで通じるものがあるのかもしれない。

 記事を書いた京都新聞の記者は、企業実習(インターンシップ)と同じ次元、または延長線上でこの企画を捉えている。そうではないと筆者は思う。似て非なるものだ。

 町の活性化が美しいまちなみをつくる、美しいまちなみはそこに住む人たちの精神の営みを啓示する。かつて京都西陣は美しいたたずまいをもつまちであった。もういちどその伝統を呼び戻そうといっている。そういう運動として捉えるべきだ。

 任天堂の磐田聡社長はまさにこの営みにうってつけの人だ。話を聞いてすぐもろてをあげて賛成したと推察する。(任天堂の)社長に就任する前のハル研時代のたくさんの彼の逸話からそう思う。

 少ない人的資源から最大限の能力を引き出すためにクリエイター一人ひとりとの話し合いを徹底してやったときく。年間で1ヶ月を個別対話に割いたがゆえに、倒産会社だったハル研究所は、営業利益率30%以上の超優良会社によみがえった。

 対話を通して、職住一体のあたらしい町衆文化の形成に成功したからだ。

 任天堂と京都西陣町屋スタジオはシンクロナイズしてみえる。任天堂は、おそろしいほどの成長原資をこの運動を通して手にいれるのではないか。

 この記事から、任天堂はさらに買い、と思った次第。

コメンテータ:清水 佑三