人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

松下電器
一芸採用 あす入社式、まず3人 組織活性化へ新制度

2005年3月31日 産経新聞(大阪版) 夕刊 1面

記事概要

 松下電器産業は、新卒採用活動で、スポーツや音楽などで卓越した能力をもつ志願者を別枠で選別する「一芸入社試験」を始めた。大学などで一般化している優れた課外活動者を推薦制度で入学させるやりかたの企業版として注目される。従来のスポーツ枠採用とは異なり、弁論大会、合唱など、大学時代に取り組んだ多様な活動を評価の対象にする点に特徴がある。「日本一もしくはそれに準じた成績を収めたもの」が応募資格を有するとされるが、選考にあたっては「成績」よりも「プロセス=逆境を強い意志と創意で乗り越えた過程」をみるとしている(井上猛グループ採用センター課長)。今年4月1日に入社する新人グループの中にこの枠からの入社者が3人が含まれる。これまで松下電器を就職対象と考えなかった人にも目を向けてもらえれば嬉しいと井上課長は付け加えた。

文責:清水 佑三

一芸採用は間違いの少ないやりかた

 おもしろい記事である。内容もさることながら、この記事を書く記者の、高校から大学への過程でみられる「推薦制度」が、大学から社会人への過程に及んだとする見方もユニークだ。

 中学から高校、高校から大学への進学において一般化している推薦制度は、学業成績だけを対象にしていない。課外活動なかんづく部活、自治、地域、奉仕など多様な領域での活動を推薦の条件にしている。

 条件の設定を変えることによって学校のマーケティングができる。たとえば、全国区レベルの運動選手を集めて学校名を社会に認知させたい場合は、それを推薦条件にすればよい。

 たとえば今年の春の選抜高校野球大会に慶応高校が45年ぶりに選ばれた。これなどは推薦制度を新たに設けたゆえの出来事だ。

 好きな野球をやって、しかもその活躍ぶりが評価され、ブランド大学へエスカレータでゆける高校に入れればオンの字である。多くの中学球児の親が目の色を変えてもおかしくない。

  この記事で大事なことを見落としてはならない。「日本一もしくはそれに準じた成績を収めたもの」が応募資格をもつが、選考でみるのは「逆境を強い意志と創 意で乗り越えた過程」である。正しいと思う。成果にフロックはつきものであるが、過程にはフロックはない。逆境を強い意志で乗り越えてきた人は、だれより もまず評価すべきだ。

 これほど(新卒採用において)歩留まりのよいやりかたはない。現時点ではわずか3人の入社とあるが、将来はこの制度による入社者が(松下電器の新卒採用の)主流になるのではないか。

 企業のブランド力に比例して、選れた一芸を携える全国の大学生が多く応募するようになる。なぜ、課外活動の「成果+過程」採用がメリットがあるかあげてみたい。

 全国レベルの成績をあげるためには

  • 強靭な体力・気力がないとできない。(ヴァイタリティ◎)
  • 大会本番で力を発揮できるメンタル面での強さがないとできない。(ストレス耐性◎)
  • スランプを乗り越えるための問題解決力がないとできない。(問題解決力◎)
  • コーチや周囲の協力を継続して得られない限りできない。(オーガナイズ能力◎)

 こうした能力はすべて企業に入っても必要なものだ。企業に入る前に、自分を自分でかなりなレベルまで鍛えてくれているのだから、これ以上ありがたい話は(採用する側として)ないだろう。特にストレス耐性においてそれがいえる。

 また、性能面できっ抗する選手層のなかで、優勝の栄誉に預かるのは「幸運の星のもとに生まれている」わずかな人たちだ。これが稀少資源なのである。そういう人たちの集団をつくれば、その集団に「幸運」が訪れる。これほど上手な「幸運」の呼び込み法はない。

 松下電器の採用チームの打ち出した路線は、よくわかるし時宜にかなっている。一人で机に向かってする学業よりも、多様な人が多様な立場で相互に干渉しあうなかで、求める成果をあげる能力のほうが何倍も価値がある。

 松下電器の「一芸採用」は、優れた思考の産物であり高く評価したい。またこの記事を書いた記者氏の慧眼に敬意を表します。

コメンテータ:清水 佑三