人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

クボタ
強さの秘密 クボタ(11)
青い鳥はいない 「スピアーズ」 ラグビー 社の求心力に

2005年2月16日 日刊工業新聞 朝刊 3面

記事概要

 クボタが企業スポーツとしてラグビー部強化に乗り出したのは1990年、創業100周年の年である。ラグビーの「One for All, All for One (一人はみんなのために、みんなは一人のために)」精神が、クボタのありかたを象徴しているように考えたからだ。取締役人事部担当でラグビー部長を兼任する大城徳治は、今年のトップリーグで最終順位の6位が確定した後「私自身は満足している。心・技・体のすべてにおいて前年よりもレベルアップしている」と選手をねぎらった。ラグビー部「クボタスピアーズ」の躍進は、社員の多くを動かした。以前は「応援に行こう」と声をかけない限り、応援団が集まらなかった。何も言わなくても、今では毎試合700〜800人は集まる。スピアーズは社の「求心力」そのものになった。最近の業界内でのクボタ評は「強くなっていくラグビーと、好調な業績がリンクしている」というもの。社長の幡掛大輔は静かに「ラグビーも事業も一歩ずつ(順位を)あげていけばいい」と笑った。

文責:清水 佑三

日本企業はなぜスポーツ部を好むか

 サッカーJリーグの誕生を機に、スポーツを支える母体は「地域」であるべきで「企業」であってはならないという(何となくの)風潮、通念のようなものが生 まれた。その流れについてゆけないプロ野球は「悪しき体質」「老害」の象徴であって、改革(粛清)しないといけない、というタッチだ。

 企業内ラグビー部「クボタスピアーズ」の活躍を、最近のクボタの躍進と結びつけて書いたこの記事は、そういう時代風潮の中でユニークであり、示唆に富む。

 企業はなぜスポーツ部を好むか。

 企業だけではない、高校、大学もまた強いスポーツ部を好む。決まって求心力という言葉がもちだされる。組織における求心力とは何をいうのか。

 挿話を挟みたい。去年の秋の東京六大学野球最終戦のネット裏での光景だ。私が座っていた席のすぐ前に、五、六人の品のいい七十歳代の男の人たちのグループがいた。こんな会話が交わされていた。

−**さんが来ていないね、どうしたんだろう。
−年賀状も来なくなったな。どうしたんだろうね。
−さみしいね。春と秋にいつもその席に座っていたのにね。
−減ってゆくだけだね、前に優勝した時は10人は来てたよね。
−いやもっといたよ。10人以上いたよ。
−高校も「選抜」に出られそうなんだってさ、出たら行くかい?
−出たら行こうよ。みんなで行こうよ。甲子園に行けるなんて夢のまた夢だよ。

 リタイアした人たちの「求心力」の中心に、わずかな時間をともにしただけの「学校」があり、そのまた中心に「野球試合の観戦」がある。何十年も前に早慶戦に勝って歌った「丘の上」をまた一緒に歌いたい。祖父母の墓に春秋おとずれるのと違わないものがそこにある。人のなりたちの一面を語っていよう。

 映画『タイタンズを忘れない』を思い出す。高校のアメリカン・フットボール部の話だ。白い肌の選手と黒い肌の選手が、軋轢を超え、あるときから心を一つにしあうようになる。スクラムを組んで、「One for All, All for One」と声をかけあうシーンが印象的だった。

 組織体に所属する喜びを言葉で表現すると「One for All, All for One」になる。

 価値の高い部品になって、自分をもっとも高く買ってくれる機械を探して高く売りつける。機械もまた、部品の取替えにためらいをもたない。長く使う部品は劣化が激しいから早く取り替えたほうがよい。

 そういう考え方も確かにあるのだろう。

 創業100年のクボタはその道をとらない。『タイタンズを忘れない』で歌われた、みんなが自分をみまもってくれ、自分もまたみんなのためにがんばることで生まれる感動の共有を是として追求する。人が組織体に加わることの意味と価値はそこにある、と考える。

 スポーツ部の選手が演じる修羅場でのファインプレーを、自分もまた自分の仕事で演じたい。だから応援団としてグランドに足を運び、試合後の夜の街で酒を手に選手のプレーを語り合う。

 自分のライフワークは「この会社」だといえる人を育て、大事にしあう企業観がそこにある。企業スポーツを愛するサントリーも、トヨタもその路線を選んでいる。

 我々の伝統であろう。伝統は、苦しいときに思い出し、信じられない力をつくる。よき伝統をひきつぎ、そこに新しいよき伝統を付け加え、後に続く人たちに委ねてゆく。

 よき組織体に属する人の生きがいと喜びはそこにあると筆者は考える。簡単に捨ててよい考え方だとはどうしても思えない。

コメンテータ:清水 佑三