人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日産労組 月給総原資増額要求へ
ベアに代わる新方式 人事評価に応じ配分

2005年1月26日 日本経済新聞 朝刊 11面

記事概要

 日産自動車労働組合(郡司典好委員長、組合員数3万人)は、1月25日、日産が昨年4月から導入した新賃金制度に対応させた新しい賃上げ要求案を決定した。年功序列型から成果主義型に賃金制度を変えた企業では「ベア交渉」が宙に浮かざるをえない。組合員個々人に与えられた仕事の難易度や価値で個別に賃金が決められる時代にあって、労組の存在理由をいかに確保するか。日産労組は「月給総原資」に着目し、その増額要求を会社側に求めるという形でひとつの回答をだした。日産は05年3月期に過去最高の業績達成が見込まれており、郡司典好日産労組委員長は「団交で総原資の増額を求める」と話す。業績に見合った総原資をという考え方は、業績変動を一時金(賞与)で吸収させる従来の労使双方の考え方の見直しにもつながる可能性もある。

文責:清水 佑三

成果主義賃金制度のもとでの新春闘モデルがでた

 記事に添えられた日産の賃金制度改革の概要を示す図がわかりやすい。

 従来の賃金制度は、

(組合員の)基本給=本給+仕事給+成績給+年齢給+資格手当、である。

 新制度では、

 基準内賃金=月次給+家族手当+作業手当、となる。

 月次給は「仕事の難易度」「期待される成果の達成度」「発揮された能力」を上司らが個別評価し、個人別に指数(ポイント)として表現する。Aさんは200ポイント、Bさんは150ポイントというぐあいだ。

  今春の日産の労使交渉は、組合員に支払われる月給の総原資額を労使で団体交渉することが予測される。総原資が決まれば、全組合員がもつ総ポイント数で割 り、その年度のポイント単価が決まる。それに組合員個々人が個別評価されたその人のポイントをかければ、(家族手当、作業手当を除いた)基準内賃金が決ま ることになる。

 すでに日産労組は過去最高の年間一時金6.2ヶ月の要求を決めており、年間一時金と総原資額の交渉がまとまれば、組合員の年収が確定する。

 従来の制度と新制度の最大の違いは何か。記事中の表現を借りれば、次のようになる。

 従来の制度: 「本給」「仕事給」「成績給」「年齢給」「資格手当」それぞれに賃金カーブを設定
 新制度:「個人別ポイント数」×「一律ポイント単価」

 従来の組合の闘争目標は、次の3つがテーマだった。

  1. 賃金カーブの水平移動の保障をかちとる→定期昇給
  2. 賃金カーブの垂直平行移動をかちとる→ベア
  3. 上の2つで月次単価をあげ、さらに月数アップをかちとる

 新賃金制度では、5項目の賃金カーブそのものがなくなったため、水平、垂直移動の交渉は意味をもたなくなった。定昇、ベアの自然消滅である。組合にとって次なる交渉テーマは2項目しかない。

  1. 個人別ポイント数の決定過程の透明性と合理性を確保する
  2. 一律ポイント単価をより妥当なものにする

 公務員給与制度改革の論議において連合は「評価基準は労働条件に該当し、労使交渉の対象である」として(評価は)使用者側の専権事項という認識をとらなかった。
 
 日産労組は連合のこの立場をとっていない。記事をよく読む限り、(1)の個人別ポイント数の評価論理には関与しない、という立場をとっているように見え る。関与するための情報を持ち得ないというよりは、(運命共同体としての)会社を信頼している、というほうが近いだろう。ゴーン改革は労使の距離を縮めた とみてよい。

  今春の労使交渉の具体的な見通しであるが、日産労組の上位団体である日産労連(西原浩一郎会長、450組合、組合員数16万人)が「定昇確保+ベア 1000円」の要求方針を決めている以上、日産労組もその線にそわざるを得ない。また、日産労組が昨年かちとった、定昇・ベア合計7000円、年間一時金 6ヶ月(過去最高の業績を勘案すると)以上が目標となるだろう。

 経営側は、「2月16日に予定している組合からの説明を受けて態度を決める」としているが、ゴーン流を考えれば、満額回答プラスαのパフォーマンスにでる可能性もありうる。

 成果主義時代における新しい春闘のモデルが生まれたとみてよい。

コメンテータ:清水 佑三