人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

ソニー
こちら人事部(第3部)
今どきの採用事情(1)インターネット評価に「本音」で先手
ソニー 新卒採用にプロ野球のドラフト制度を応用

2005年1月12日 日本経済新聞 朝刊 13面

記事概要

 厚生労働省の調査によると、就職した大卒者の3年以内の離職率は年々高まってきており、ついに最新調査では3人の1人の水準に届いた(36.5%)。ネットを駆使した「数撃てば当る」式の採用、就職活動のイージーさがこの傾向を生んだともいえる。こうした傾向に歯止めをかけるため、ソニーは従来の採用プロセスにないプロ野球の新人選抜でおなじみの「ドラフト制度」の導入を決めた。最終面接までコマを進めた学生がこのドラフト会議に臨む。スカウト役を演じるのは各部門から送り込まれた説明上手な面々。彼らの手もとには学生の試験結果、1、2次面接での評価などの資料がおかれる。スカウトたちは1人の学生に対して自部門の仕事をできるだけ現実にそってしかも魅力あるように具体的にのべる。それを受けて、学生はどんな仕事をしたいかを説明する。そこからその学生に興味をもつスカウトたちの質問がはじまる。最終的に複数の部門がその学生を採用したいといった場合は学生側に選択権が移る。「どんな仕事をしているか」「どういう仕事をしたいか」のカードをだしあうステップを最後の段階に入れることで、ソニーは入社後の早期離職につながるミスマッチの防止を期待している。

文責:清水 佑三

早期離職率の背後にあるものは何か?

 「こちら人事部」は、昨年の10月13日にスタートした連載だ。個々の企業を担当する多くの記者が動かないことには書けない個別企業事例満載の内容であり、この手の企業横断的な問題意識に基づく情報収集は(手足をもつ)日経の独断場という印象がある。

 今日までの内容を紹介すると次のようになる

第1部 変わる役割

  1. 一律管理から「個」の支援に 10月13日(2004年)
  2. 全グループの最適配置担う 10月14日
  3. 進む事務外注 新事業の種に 10月15日
  4. 社員満足度が部員の評価に 10月16日
  5. 「挑戦」を重視 事業改革促す 10月17日

第2部 試行錯誤の改革

 (上)「みなし労働」導入に温度差 12月17日
 (下)時間より中身 年俸制に磨き 12月18日

第3部 今どきの採用事情

  1. インターネット評価に「本音」で先手 1月12日(2005年)
  2. まず仕事体験 新手の説明会  1月13日
  3. インターン制 春は実践重視 1月14日

 日経の産業部のデスクが考える日本株式会社人事部像の変遷像が見出しからも伝わってくる。フィナンシャルタイムズが同種の企画をやったら、どういう見出しになったか、興味がある。

 ところで人事部は「グローバル・スタンダード」からみれば鬼門のような部署だ。雇用する側は多国籍企業体であるが、雇用される側はその国の人たちである。肌の色を10年で変えられないように、その国々での人たちの価値観もまた簡単には変えられない。

 それが「こちら人事部」の連載の見出しによく出ていると感じる。まさに日本における「こちら人事部」である。

 前書きはこの辺でやめて、本題に移る。1月12日の「こちら人事部」の見出しはわかりにくい。「インターネット評価に『本音』で先手」では何が何だかわからない。記事を読んで、見出しをみてもまだ理解がむずかしい。悪い見出しの典型である。

 この記事を書いた人の前提に、インターネットを採用側、就職側が使うようになったがゆえに、大卒の早期離職率が促されたという認識がある。

 ほんとうにそうか。

  筆者は採用、就職という人的取引において、インターネットというメディアが紙というメディアに置き換わっただけであって、それが離職率を高める因果関係は ないとみている。インターネット時代になったからお見合い結婚での離婚率が高まったというようなもの。牽強付会というべき。

 むしろ、早期離職率の高まりは、ニート(無業者)、フリーター、新卒者派遣等の比率の増大と重ねてみるべきだ。価値観における「企業ばなれ」なのである。

 大学を出た人が最初に勤める会社に対して無期限の白紙委任状を提出し、万事よしなに、と身柄を預ける時代の終焉である。

 自分の家族を含め身近な人に対する昨今の会社のあしらいをみて、「委任状を出したほうが損」と感じたが故の自己防衛的な意識の芽生えだろう。早期離職率のアップは、少子高齢化などと同種の社会現象だ。

 ところで、ソニーの「ドラフト会議」的な選考方式であるが、こうしたやりかたは特に目新しくはない。多くの会社で過去ながく実施されてきている。

 特に部門別採用をとっている企業では、部門での仕事の内容や仕事環境をきちんと学生に伝えないと話が始まらない。

 それを伝えるために、複数の部署の代表による「合同自己紹介」フェアを(選考ステップのどこかで)行い、学生の選択をしやすくしている。同じものをドラフト制度と呼んで、社会の耳目を集めるのはいかにもソニー。

 問題はむしろ、個々の企業において、(自社における)早期離職率をどう見るかだろう。

  過去と比較すれば、官公庁、自治体などの特殊な組織体をのぞき、すべての企業において早期離職率は高くなっているはずだ。家族主義的価値観を大事にしてき たあるメーカーにおいて、退職金の前払い方式導入時の内定者調査で「定年まで勤める」回答は半数をきったという記事があった。今から5、6年も前の話だ。

 筆者のこの問題への見解ははっきりしている。早期退職率が高くなることを「織り込んで」人事政策をとるべきである。すでにシンガポールでは、若者同士の会話で3年以上同じ会社にいると話すとお前、ヘンだとされるそうだ。そういう波が確実に押し寄せている。

 かりに3年間であっても、雇用される側にとって、社会人としての素養を身につけさせてくれた貴重な思い出深い時間である。去り方、別れ方をきれいにしたい。

 会社と個人が双方ともにお互いのファンでありつづられるように、選考時の「ドラフト会議」を丁寧にやればよい。

 「ドラフト会議」的な機会をもつことは、どこの会社でも必要だ。早期退職率の問題ではないと思う。

コメンテータ:清水 佑三