人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

三洋電機
三洋電機が「ESOP型」退職金制度
労使関係にもグローバル標準 全従業員に自社株上乗せ給付

2004年12月2日 日経産業新聞 朝刊 22面

記事概要

 三洋電機は来年の4月から、全従業員対象の新しい自社株給付型の退職金制度の施行に踏み切る。新制度は米国ですでに800万人の参加従業員数を擁するまでに育った「ESOP=Employee Stock Ownership Plan(従業員組合による自社株運用基金)」を、退職金制度に応用したもの。現行の退職金制度を残した上で株式支給退職金を追加上乗せする。三洋電機のグループ会社を含む3万人の従業員が対象となる。すべての対象者に対して一律に毎年70株相当のポイントを15年(打ち切り)間受け取る。これが基礎部分。15年以上勤務した人は退職時に1050株を受け取る。この基礎部分に加えて「変更補償・成果配分部分」が最大で3000株程度用意される(詳細今後)。この部分を設けることで、将来の労働条件の変更に伴う補償や会社が好業績をあげた場合の成果配分を(労使協議によって)退職金に反映させられる。2006年の法改正により外国企業が株式交換方式で日本企業の買収を仕掛けるケースが増えると予想され、現経営陣がそれに対抗するためにもこのESOPのような仕組みを活用する手が考えられる。「あくまでも成果配分のため」と三洋電機は説明するがいろいろな意味で産業界の注目は高まっている。

文責:清水 佑三

画期的な視点をもつ退職金制度だ

 日経産業部の松田拓也記者の署名記事。「ESOPの仕組み」と「株式給付ポイント付与のイメージ」の2つの概念図の囲みが入っている。懇切かつ緻密なよい記事だ。

 米国で急速に普及しつつあるとされるESOPについて(勉強目的で)紹介しておく。三洋電機労組が下敷きにした制度の概要である。記事の内容を再度、要約しよう。

『ESOP=Employee Stock Ownership Plan』とは

 自社株運用を主体にした従業員持ち株制度。従業員組合がESOP(信託口)が銀行借り入れをして基金をつくり自社株を購入する。会社側は毎年ESOPに資金を拠出し、融資の返済を支援する(損金算入)。従業員組合は、退職時に従業員個人に対して自社株を支給する。株価があがれば従業員の退職金は増える。それをめざして従業員組合も株価上昇につながる生産性向上に関心をもてる。労使の関係が緊張・対立から協調・連携に変りうる。現時点では労働条件の引き下げに対する調整機能を目的にESOPが導入される例が多い。米ESOP協会によれば、すでに1万件の信託口が作られ、参加している従業員総数は800万人に届いているという。最大規模の信託口はP&Gで4万人が加わっている。

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 株式給付の形態をとる点では同じであるが、現行ストックオプション(SO=株式購入権)制度とESOPとは2つの点で大きく異なる。

 1つは運用主体と目的が違う。SOは会社による会社の制度であるが、ESOPは従業員組合による従業委員組合の制度である。企業の存続と発展のためにSOは存在し、ESOPは従業員への福利の目的で存在する。2つ目は、SOは、個々の役員・社員に対して付与数が弾力的に運用されるのに対して、ESOPは(従業員組合によって運用されるため)全従業員がひとしなみに扱われる原則がある。

 ところで、三洋電機は矢継ぎ早に従来の人事制度にメスをいれている。すでにこの欄で紹介しているが、初任給制度がよい例だ。「次世代経営職採用制度」をつくり、すでにMBA取得者など2年間に75人がこの制度で入社している。初任給の低額一律運用をやめてしまった。よく勉強して市場価値を獲得した人を、そうでない人と区別しようという思い切った考え方である。

 こうした改革のリーダーシップをとっている人事・総務部門担当の(三洋電機)梶川修専務執行役員は「年功序列、長期雇用を基礎とする日本型人事制度は世界的にみれば異質な存在。グローバル競争を生き抜く上では(賃金の個別色を強めた)成果主義的なやりかたが普通の論理」と指摘する。

 新制度には全社一律というESOPの原則がそのまま貫かれている。個人色を強める成果主義的な動きとは矛盾するようにも思える。この矛盾をどう捉えるか。

 三洋電機労組が米国のESOPの考え方を退職金制度に応用することを提案したことには次のような認識が潜んでいる(とみる)。

  1. かりに将来に三洋電機が大発展したとすれば、
  2. ESOP退職金制度は、会社にとっても労組にとっても等しくメリットがある。
  3. 問題は厳しい競争環境のもとでどうやったら三洋電機の大発展への道筋を図るか、だ。
  4. 様々な労使協議事項に対して、労組は(3)の観点を1つの基準において議論できる。
  5. 総労働、総資本の原理的対立の構図から自然にそうでない構図への転換が図れる。
  6. もし議論がかみあえば、労使一体になっての攻めの体制をとれる。
  7. 結果として、大発展が現実味を帯びてくる。

 パイが小さくなっていく前提での成果主義はそのままリストラに直結しかねない。そういう意味で労組からこの制度の提案があったことはよく理解できる。米国の従業員組合の組合員政策を退職金制度に応用した三洋電機労組の知恵と勇気は立派だ。また、受けてたって(細部に詰めるべき点を残したとしても)具体的な形にした三洋電機経営陣も立派だ。

 社会に大きな一石を投じたとみる。

コメンテータ:清水 佑三