人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

国家公務員
主張 公務員人事制度 なぜ改革に背を向けるのか

2004年11月8日 産経新聞 朝刊 2面

記事概要

 政府・与党は能力・実績主義の導入を狙った国家公務員制度改革関連法案の臨時国会提出を見送る方針を固めた。理由は職員組合との協議不調である。今臨時国会ではもっぱら郵政民営化がクローズアップされているが、政府・与党は公務員改革を重要法案と位置づけていた。現在の年功序列主義からの転換という画期的な試みだったからだ。改革関連法案が文字どおりに実施されると、国家公務員I種試験合格者でも能力に欠ける人材は、II種、III種試験合格者で能力のある人材にそのポストを明け渡すこともありえる。政府・与党と連合などの協議では人事評価を労使交渉の対象とするかどうか、という入り口論に終始し、肝心の人事制度改革そのものを議論することなく物別れに終わった。この法案の提出は昨秋の衆院選で政権公約(マニフェスト)として盛り込まれたものである。有権者に公約した首相の熱意はどこにいったのか。改革に背を向けていると受け取られても仕方がない。

文責:清水 佑三

この国のかたち…

 もともと公務員制度改革は、97年の末に(橋本龍太郎首相の)行政改革会議の最終報告に盛り込まれた行政改革の主要議題の一つだった。学界、財界、労働界という非官僚代表があつまって公務員制度調査会が基本的な方向性を打ち出した。99年2月である。答申案には、

  1. 能力、実績による処遇
  2. 外部専門家の「任期付き任用」
  3. 65歳定年制度への移行
  4. 再就職斡旋の禁止

が盛り込まれた。

 当時の調査会メンバーの問題意識の根柢にあったのは、人事院(権限)に公務員制度を任せておくと(1)官僚組織の肥大化はとまらない(2)I種合格者天国(キャリア制度や早期退職・天下り)はなくならない(3)年功序列はなくならない、の危機感である。国民本位の行政という視点でいえば、当たり前のことを当たり前に指摘したといえる。

 産経「主張」子によれば、臨時国会への改革関連法案の提出が見送られた最大の(議論の)溝は、人事評価についての政府・与党と組合の間の意見の隔たりがあまりに大きかったからである。政府・与党は過去の調査会の論理を踏襲し、「各省庁が独自にきめられる管理運営事項」として、人事評価の問題を位置づけた。一方、組合側は「評価基準は労働条件に該当し、労使交渉の対象である」として一歩も譲らなかった。

 「主張」子の主張をもう少し詳しくみてみよう。「人事評価の制度は昇給や昇格に活用するとともに、昇進の判断にも適用されるため、勤務条件の変更にあたるという解釈もできる。しかし、個々の評価が、交渉の対象になったのでは制度は円滑に機能しない」と書いている。

 まだるっこしい表現であるが、組合の言い分も一理はあるが、人事評価に組合は介入せず、生産性の高い統治メカニズムにしていかないとこの国は成り立ってゆかないという主張が隠されている。

 今回の米大統領選挙について、同じ産経の小森義久氏はワシントンから寄稿し、レーガン、ブッシュに貫かれている「政府観」「家族観」が福音派といわれるプロテスタント層に強力に支持された結果であると詳細に分析している。

 イギリスのマーガレット・サッチャーにもいえるが、「人はそれぞれの自由に任せたときにもっともよい行動をとる。政府には国防、公安等の基本的な国家機能以外はいらない。中央政府をなくしてゆき、その分、税金を減らしてゆくべきだ」という単純明快なリーダーの論理は説得力がある。(声なき声層の)支持を集めるだけのものがある。イラク問題は本当の争点ではなかったという認識である。

 サッチャー、レーガン、ブッシュとは反対の論理が日本においてはますます盛んだ。与党、人事院、連合、省庁官僚がそれぞれの利益をたてに、常識をもつ学識経験者がつくった「公務員制度調査会案」の骨を一本一本ぬいて現状維持に奔走する。官僚の、官僚による、官僚のための「公務員改革」が、妥協の産物として用意されている。

 統治を任としているものが国を愛する心と理念を失ったときに何が起こるか。自国の軍人によるクーデターか他国からの侵略である。

コメンテータ:清水 佑三