人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

ポルシェ
職人の国ドイツ モノ、人づくり(上)
「ポルシェ」強さの秘密 エンジン技術支える職業教育

2004年10月26日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 27面

記事概要

 トヨタ自動車の「カローラ」の年間販売台数は19万台(2003年度)。一方、ポルシェグループの総販売台数は同じ年度で7万7000台である。販売台数は圧倒的に少ないが、ポルシェブランドのイメージは強烈だ。何故、かくも高いブランドイメージを長期にわたって維持できるのか。強い問題意識をもってドイツの主要都市のひとつシュツットガルトにあるポルシェの本社工場を私(広瀬典孝記者)は訪ねた。秘密はエンジンの最終組み立てにあるとみた。その担当者は、工場で扱うすべての種類のエンジンをひとりで仕上げられる力量をもち、90分かけて念入りに一つひとつのエンジンを組み立てる。まさに職人芸の極地をみる思いだ。背後にはポルシェの技能職になりたいたくさんの若者たちがいる。たった100人の見習生募集に7700人が応募する。採用担当者のヘルムート・ブレッスィングさんは「採用にあたって重要視するのは人間性」と断言している。

文責:清水 佑三

すぐれたワザはすぐれたヒトに宿る

 今年の2月だったか小さな事故が大きな話題を提供した。

 日産のカルロス・ゴーン氏が自らポルシェ911を試乗していた、というのだ。訳知りのジャーナリストによれば、日産が2007年に売り出しを狙っている新GT-Rにゴーン氏は大きな夢を託しているのだという。

 事故にあったときの試乗車がポルシェ911だったことが多くの人の想像力を刺激した。ポルシェ911は、フォーカルプレーン式のカメラでいえばライカM3のようなもの、蓄音機の世界では往年のクレデンサにあたる。日産がポルシェのような車をつくるのか、それは興味深い。

 どうしてポルシェの車は凄いのか。何が違うのか。記者は現場にゆく。行って、自分の問題意識に触れる事実を集める。事実を並べて考える。新聞記者に限らない。あらゆる場所で問題にぶつかった時の鉄則だ。

 広瀬記者は10月の冷たい雨が降るなか、ヒトラーが滑走路への転用を意識してつくったまっすぐなアウトバーンを走って、シュツットガルトの本社工場にゆく。シュツットガルトはまた優秀な多数のオーケストラをもつことでも知られる。

 そこで広瀬記者が出会ったのがポルシェ本社工場の技能系職業訓練担当のヘルムート・ブレッスィング氏だった。その人の発言が広瀬記者を驚かす。話題は、ゲゼレ(職人)からマイスター(経営職人)をつくってゆく「二元制度(デュアル・システム)」と呼ばれるドイツ独特の職業教育制度の価値についてである。

  • 二元制度は世界中で一番すばらしい職業教育制度だ。
  • 優れた技術の承継者をつくってゆく上でこれ以上の仕組みはない。
  • どんな仕事も最後の最後は手作りだ。それは人から人へ伝えるしかない。
  • 優れた手作りのワザを支えるのは優れた人間性だ。
  • 「見習生」の採用基準は「人間性がすぐれているかどうか」だ。

 きわめて明快である。IT技術礼賛の風潮のなかで「違う。よい人間性によって作られる手づくりのワザがすべてだ」といいきることがすごい。

 ドイツの二元制度についてインターネットを通して得た知識を補足しておく。

 『デュアルシステムとは、企業現場または職業訓練所での実地訓練と職業学校での理論学習を並行して行うものであり、学校と企業との緊密な協力の上に成り立っている。参加期間は通常3年間であり、企業現場または職業訓練所における実習(週2日)と、職業学校での理論的知識及び一般教養科目の学習(週3日)が並行して行われるのが通常である。修了試験に合格することによって、業種ごとの資格を取得する。
この制度の対象となる職種は356業種であり、ほぼすべての経済活動を網羅しているとされる。また、参加者数の割合を見ると、毎年、義務教育を終了した若年者の約70%が職業学校に進みデュアルシステムに参加する。』
「通商白書2004 第2章3節 3-(2)」
http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2004/2004honbun/

世界の貿易統計によればアメリカにつぐ輸出国はドイツである。それもポルシェに代表される高い付加価値をもった高度製品の輸出に特徴がある。その象徴がポルシェ911だ。それを支えているのが二元制度によって輩出されるゲゼレたちである。二元制度は、我々のインターン制度の期間を3年間にしたものと思えばよい。

 人間性がすぐれた人がよいものをつくる、は至言である。ポルシェの職業訓練を担当している人の言ゆえに、余計にインパクトがある。

 名器、名機をつくりだす力においてドイツの地位は(当分)揺るがないのではないか。

コメンテータ:清水 佑三