人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

磯村巌氏を悼む
バブル後、トヨタ自動車の社内改革を断行

2004年1月21日(水) 日刊工業新聞 朝刊 31面

記事概要

 今の勝ち組トヨタをつくった功労者である磯村巌氏が逝った。磯村さんがトヨタ副社長時代、春闘取材でお世話になった。気さくに答えてくれた思い出は尽きない。

文責:清水 佑三

 

 月刊『文藝春秋』に蓋棺録という連載がある。新聞の死亡記事をもう少し肉づけしたものだが、面白くていつも最初に読むクセがついている。

 まさに人は棺を蓋(おお)いて事さだまる、であり、蓋棺録の一つひとつの記事が涙を誘う。

 トヨタ自動車にこの人あり、と言われた磯村巌氏を悼む記事は、多くの新聞に載っているが、それぞれ書いた人の思いが行間ににじむ。

 松下幸之助さんには高橋荒太郎さんがいた。本田宗一郎さんには藤沢武夫さんがいた。同じようにトヨタの奥田碩さんに添ったのが磯村巌さんだ。

 奥田の豪速球に対して、磯村は一見誰でもが打てそうなやわらかいボールを投げた。それが魔球であったことを快進撃を続けるトヨタの今の姿をみてみんなが納得した。ほんとの魔球とはそういうものだ。

 まさに人は棺を蓋(おお)いて事さだまる、である。

 彼が優れた見識と胆力をもっていたことを示す短いQ&Aが残っている。昨年(2003年)の1月8日の日刊工業新聞32面に載った「トップに聞く、日本再生のポイント」で登場した7人のコメントの中での磯村さん分である。ここにとりあげた記事を書いた記者の取材かもわからない。

「Q: 次期日銀総裁に期待すること A: 日銀の政策ばかりが非難されがちだが日銀は金を世の中に出すのが第一の仕事。その金をいかに回すかは我々民間の責任。だれが総裁になろうと今の政策を大きく変えるべきではない」

 他の多くの識者があれこれの注文を羅列した中で出色だった。極論すれば、我々民間が社会を活性化するから、日銀は金を出すだけでよい、という啖呵である。お上に注文ばかりつけて自分は何もしようとしない識者群にはない発想だ。トヨタ哲学の披瀝といってもよいだろう。よいコメントだと思って印象に残った。

 日刊工業新聞の大脇靖弘氏のこの記事には強い愛惜の思いがある。自分がかわいがられ、育ててくれた経営者の死は、記者にとって親を失うようなものだろう。

 何でもない死亡記事であるが、ファイルしておきたくなった。

コメンテータ:清水 佑三