人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

SUNTORY
明日への布石(77) SUNTORY(4) 第2の青いバラをめざせ
離れ業人事で独創研究に磨き

2004年9月30日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 22面

記事概要

 発売以来、わずか2ヶ月で年間計画の三分の一強を売り上げ、販売目標も当初20%増の12万ケースに上方修正した健康リキュール「マカディア」は、2年前、宣伝事業部長から研究開発部門のトップに就いた丸山紘史常務が、セクショナリズムの打破をめざして打ったさまざまな改革の成果として生まれた。「酒類、清涼飲料、食品、花…とサントリーの業容が広がる中、研究開発部門では、研究者どうしの見えないタテ系列の壁ができていた。それを壊し、シナジー効果を生み出せたら、当社にしかできない10年、20年と売れ続ける商品を育てられる」。白ブドウ蒸留酒に自然食品のマカを漬け込んだ「マカディア」はこうした信念から生まれた。就任以来、研究者どうしのコミュニケーションを訴え続けてきた丸山氏の思いは、今年の夏、川崎に誕生した「商品開発センター」に結実した。ここから他社を凌ぐスピードでヒット商品が生まれ続ける可能性がある。サントリーの研究開発部門への新しい考え方に注目したい。

文責:清水 佑三

研究開発部門に必要な文化は「最後までやってみなはれ」

 日韓ワールドカップのサッカー大会が終わったすぐあと、上場をめざす企業経営者を集めたある場所で、上場を果たした企業経営者の立場から、後輩にエールを送る主旨で話しをしてほしいと頼まれたことがある。出資企業の代表の立場でその席にサントリーの佐治信忠社長がおられた。

 「ビジネスモデルをいくら追求しても株式上場を果たすことはできない。世の中はそんな単純なものではない。最後の最後まで上場にこだわってやり遂げようとトップが考え、執着をもち続けた結果として上場がある。上場をめざすみなさん、どうか安易なビジネスモデルなどは追求されずに、どろどろのグランドでスクラムを組んで必死になって突き進んでください。女神がほほ笑んでくれるときもある」

 大略、そういう話をし、壇上からおりると、佐治さんが飛んでくるように近づかれ、手を握って「私がいいたいことを話してくれた」と強い口調でいわれた。まったく同感だと顔に書いてあった。サントリーがバレーやラグビー部をもって勝敗にこだわるのも、青いバラを追い続けてついにそれをものにするのも、同じ精神から来ている。一言でいえば、「最後までやってみなはれ」に要約できる。

 本題に移ろう。サントリーは今年の7月、最初の取り組みから14年間の開発期間を経て、「青いバラ」を咲かせることに成功した。開発責任者である田中良和氏は、「他人が5日間働くところを7日間働けば、それだけ研究は前進する。青いバラを咲かせたのはひらめきではない、むしろ根気だ」と記者に語っている。まさに「やってみなはれ、やらせてみなはれ」の真骨頂をみる思いがある。

 世界中で創れなかった「青いバラ」の直接的な経営貢献は年間300億円規模の売上であるが、それだけにとどまらない。花の色成分である新ポリフェノールは、他の健康飲料や食品の開発につながる可能性がある。もっといえば、不可能の代名詞であった「青いバラ」がやれたのだから、我々は何でもできる、という「強いチームスピリットが生まれる、これが大事だ」と佐治社長は強調している。

 開発部門の責任者には、開発者の気持ちがわかる人をあてる、は普通の考え方だ。営業成績を上げ続けた人を営業部門の責任者にもってくる、という誰でもがわかる論理である。

 サントリーの挑戦は、ばりばりのマーケティングのプロを抜擢してその部署にあてたことだ。こういう人事は、よほど強いリーダーシップがないと(案としてあっても)実行までゆかない。創業者の血をもつ佐治信忠氏がいたからできた。

 サントリー文化の代名詞である「やってみなはれ」を私はいつも「最後まで」「勝つまで」という言葉をつけて解釈している。そうでないと、撤退予備軍をつくり続けることになる。ただの試行錯誤の奨励に終わる。青いバラは「やってみなはれ」だけでは誕生しない。「最後まで」「勝つまで」がないと14年の歳月は持ちこたえられない。こちらのほうが難しいのだ。

 宣伝畑で数々のヒットを飛ばした丸山紘史氏という強いプレーヤーを研究開発部門の責任者に抜擢したサントリーの行方は注目すべきだ。

 リストラ的な「無理と無駄をなくす」発想は、ゆきつくところまでゆくと先がない。ガリガリの体になって終わる。サントリーはその道を目指さず、一人ひとりの研究者がすべて「青いバラ」を咲かせる強い意志をもつような文化創造の再構築の道を選択した。

 日本という土壌、風土、気候では無理だとされたウィスキーづくりを成功させた創業者の夢が呼び戻されたかのようだ。おもしろい展開になるだろう。

コメンテータ:清水 佑三