人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

阪急百貨店
新人事制度 65歳までの再雇用を実施 10月から1年契約で

2004年9月29日 繊研新聞 朝刊 3面

記事概要

 百貨店業界は大丸、高島屋、阪神等がすでに65歳までの再雇用制度を実施している。松屋の場合は再雇用ではなく定年延長の形で98年から同じく65歳まで雇用を延長した。阪急百貨店では、10月から実施する新人事制度で、10月以降に満60歳で定年になる層を対象に65歳までの1年更新の再雇用制度を実施する。対象社員数は、今年度は16人であるが、向こう8年間では321人に達する。最長5年まで更新可能。能力や技能に応じて再雇用時の年俸にグレードを設け、最高グレードでは退職時の約半分の500万円前後、最低グレードでは約200万円になる。個々人の能力や技能レベルの判定は認定委員会が行う。いわゆる団塊の世代が60歳定年を迎える07年は目前に迫っており流通業界各社の対応が注目される。

文責:清水 佑三

マイスター制度という名前に注目したい

 2004年7月12日に「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」の一部改定が国会を通った。改訂部分の主なポイントは、従来、60歳であった定年制度についての法改正であり、年金法改正に伴う受給年齢の65歳への移行に対応しているものである。

 大事な問題なので、煩をいとわず、改定された法の内容を紹介したい。

1 高年齢者雇用確保措置

  1. 高年齢の65歳までの安定した雇用を確保するため定年の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年の定めの廃止のいずれかを講じなければならない。
  2. 労働組合(組合が無い場合は労働者の過半数を代表する者)との書面協定により、継続雇用制度の対象となる高齢者に係わる基準を定めたときは、当該基準に基づく制度を導入した事業主は、継続雇用制度を導入したものとみなす。
  3. 厚生労働大臣は(1)に違反している事業主に対し、必要な助言、指導または勧告をすることができる。

2 高年令者雇用確保措置に関する特例等

  1. 高年齢者雇用確保措置に係わる年齢(65歳)については経過的に次のような年齢にする。
    平成18年4月1日〜平成19年3月31日 62歳
    平成19年4月1日〜平成22年3月31日 63歳
    平成22年4月1日〜平成25年3月31日 64歳
    平成25年4月1日〜 65歳
  2. 平成25年3月31日までの間、高年齢者の65歳までの安定した雇用を図るために必要な措置を講じるよう務めなければならない。
  3. 高年齢者雇用確保措置を講ずるために必要な準備期間として施行日(平成18年4月1日)から起算して3年を経過する日以降の日で政令で定める日までの間、事業主は1の(2)の協定をするために努力したにもかかわらず協議が調わないときは、就業規則その他これに準ずるものにより、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係わる基準を定め、当該基準に基づく制度を導入することができる。この場合には継続雇用制度を導入したものとみなす。
  4. 中小企業の事業主に係わる(3)の適用については、3年とあるのは5年とする。
    (注)政令で定める日は、大企業については平成21年3月31日、中小企業については平成23年3月31日とする。
  5. 厚生労働大臣は(3)の政令で定める日までの間に、中小企業における高年齢者の雇用確保の状況、社会経済情勢の変化等を勘案して、当該政令について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

 阪急百貨店の(再雇用に関する)新人事制度は「マイスター」制度と名づけられている。マイスターはドイツ語であり、音楽好きはワグナーの「マイスタージンガー」で親しみをもっている。英語のマスター(a person who is skilled at something)にあたる言葉で、日本語として達人、名人、巨匠、親方があてられる。

 学卒新人が入社後一定の期間を経ると、ひとりのプレーヤーとしての動きにプラスして、周囲との連携や後輩へのアドバイス、場合によってはプロジェクトを仕切る役割や責任を期待される。同じことが、60歳という節目で再演される。役割のギアチェンジである。

 会社のメッセージは制度の名称に要約されているものだ。「マイスター」として動いてほしい、が阪急百貨店の社としての60歳社員への含意である。この記事によれば、「マイスター」制度の概要は次のようになる。

  • 特定の領域において高度の専門性をもっていることを求める。
  • その専門性を60歳から最長5年間の期間で後輩に承継してほしい。
  • 個々人の専門性を認知する機関として「マイスター認定委員会」を用意する。
  • そこでなされるのは専門性の格付けである。
  • 残念ながら専門性を認められない場合「エルダー社員」という格付けを用意する。
  • 高度の専門性が認められる場合は「マイスター社員」という格付けを用意する。
  • その中間に来る場合は「マイスターエルダー社員」という格付けを用意する。
  • それぞれに対して年俸のランクを対応させる。

 こうした制度がどういう社内風土の醸成につながるか。明確であろう。

 「マイスター認定委員会」が下した判断の内容を、実際の個々の60歳社員に対する認定によって点検するだろう。その結果、60歳からの5年間の過ごし方についてそれぞれの人がそれぞれの考え方で目標を持つ。年俸(拘束時間)が少ない「エルダー」を意識する人もありうる。また「マイスター」を意識する人も出てくるだろう。

 すべての人事制度はキャリア選択のための基準としての一面をもつ。そういう意味あいで考えると、阪急百貨店の「マイスター」制度は考えさせられる何かをもっている。「企業に勤めるものにとって専門性とは何か」についての思索の機会をうながす。

 総合職で採用され、多様な種類のプレーヤーを経験し、以後、管理職として長い期間、大過なくすごしてきた多くの幹部社員の60歳後の処遇は、「エルダー」しかないのであろうか。

コメンテータ:清水 佑三