人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
武田薬品工業
管理職「1ポスト1給与」 市場価値で賃金決定
2004年8月4日 日経産業新聞 朝刊 23面
記事概要
製薬業界の厳しい競争環境が日本的な年功序列主義をとっていた武田薬品を変えた。米ファイザーを筆頭とする外資系製薬会社が、国内大手製薬会社に厳しい攻勢をかけ、優秀なMR(医薬情報担当者)や研究者をどんどん引き抜いてゆく。優秀な人材を奪われないためには、それにみあった処遇を予めしておかなければならない。武田薬品は米人事コンサルティング会社のヘイ・コンサルティング・グループの(職務格付け)指標を活用し「一ポスト一価制」の導入に踏み切った。部下の人数や決裁権限の大きさを職務別にポイント化し、そのポイントに報酬をスライドさせる。外資系製薬会社幹部の賃金レベルに匹敵する「ポスト別値札」をつければ、優秀な人材流出を水際で防ぐことが可能になるとみている。
文責:清水 佑三
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一ポスト一価制の功罪
コメンテータ:清水 佑三
記事の冒頭で「武田薬品工業は職務の重要度で給与を決める「職務給」を徹底させようとしている。管理職はポストの格付けに応じて年俸が決まる完全な『一ポスト一価制』の導入である」と述べられている。
「職務」と「ポスト」という言葉の使われ方に注意したい。
一般に職務給という場合、職務(仕事)による賃金差(たとえば職人さんの職種別平均賃金の違い等)を指すことが多い。同じ建築現場で働く大工、左官といった職人さんの労賃を考えるとよくわかる。職種で労賃の相場が変わる。労働需給を反映して相場が形成される。仕事別労賃に市場原理が働いている。
ところが大卒新人を採用する場合の賃金は、「初任給」という世間相場によっておおまかな水準が決められる。どういう仕事を新人にお願いするかによって賃金を変えることはしない。日本の労働市場は、新卒雇用者に対して勤続年数給制度をとっており、職務給制度をとっていない。
一方、記事中で「管理職の職務給」について(磯貝高行記者は)次のように記述している。
同じ職務であっても賃金が高くなったり、低くなったりする場合、職務給という用語は適切ではない。むしろ、記事で使われている「ポスト給」と呼ぶほうがわかりやすい。図式化していえば、武田薬品は、管理職給与を「その人の職能基準」から「そのポストの難易度・貢献度基準」に切り替えたのである。
「一ポスト一価制」はどういう功罪をもつか、検討してみたい。
喩えを使う。プロ野球の年俸を例にとる。投手と野手と趣が違うので、野手で考えよう。野手の年俸は、攻撃(打撃、走塁)と防御(守備)の二つの側面で決まる。打撃についていえば、打順がポストにあたる。防御についていえば、守備位置がポストである。その選手の年棒を決めるときに、何番を打ち、どのポジションを守ってもらうかで、あらかじめ標準年俸を決めておく、1年を終わっての活躍度は「出来高払いボーナス」に反映させる。これが「一ポスト一価」制のおおまかなイメージだ。
それに対して、従来の日本的な企業はどういう考え方をとってきたか。活躍累積点主義をとってきたと筆者はみる。
野球の例を出せば、フリーエージェント(FA)資格もまた活躍累積点主義によっている。一定の年月において一定以上の活躍をすれば、FA資格を与える。それを得た選手は、自由に他球団への移籍を希望できる。受け入れ球団があらわれれば新しい職場で新しい気持ちで仕事に取り組める。活躍累積点は既得権となる。
「理事」「参事」「主事」といった大くくりの名称で活躍累積点をグループ化してきたのが日本企業だ。「理事」の中から部長を登用し。「参事」の中から課長を登用する。江戸幕府が3万石以上の譜代大名の中から「老中」を抜擢、登用したのとよく似ている。「理事」「参事」「主事」別に資格給が付与され、プラスして職制につくものは「部長手当」「課長手当」がついた。前者の「理事」「参事」といった名称は、役割というよりも限りなく「身分」に近い。(3万石以上の譜代もまた「身分」の名であった)
活躍累積点主義は、過去の貢献に目がいっている。一方、一ポスト一価主義は、将来の活躍に目がいっている。4番を打ってもらうのだから、このくらいの年俸を出さないと、は過去には無関心だ。ひたすら未来に目がいっている。
武田薬品は、引き抜かれたくない優秀な人材がいた場合、先手を打って「高い値段がついているポスト」にその人材をおくことで、引き抜き防止策を狙った。優秀な人材の引き抜きが競争上つらく、活躍累積点で彼らを処遇すると競争会社が用意する報酬は出せない、という場合、この「一ポスト一価」制度は意味をもつ。会社存続のためにやむにやまれずとった作戦、という印象を受ける。
問題点は何か?
過去に大活躍してきたが、今は外部のどこからもお呼びがかからない人材の処遇に問題点らしきものがほのみえる。記事によれば、人事部の坂口克己シニアマネジャーは「当社において40歳から60歳までの当社の社員の平均給与はフラット(同じ)、賞与はむしろ右肩下がりだ」とコメントしている。また「評価の低い社員のモラールダウンは重要ではない」といいきっている。
一般に40歳代から(家族を抱えた世帯主の)生計費は右肩あがりに増えてゆく。子供の教育、持ち家、親の介護、自分の老後への準備などだ。そういう人たちの生計費ニーズを企業は無視する、という宣言である。またモラールとは期待の関数だ。期待しないでモラールを求めるのはナイモノネダリだ。こうした考え方がどういう企業未来図を描くか、筆者にはわからない。
ただ、自分が経営する企業において、そういう考え方はいかなることがあってももちたくない。甲斐性と人間観の問題に帰着されよう。