人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

福岡銀行
福岡銀が本格展開 ソリューション営業 企業の経営課題改善

2004年7月16日 ニッキン 朝刊 7面

記事概要

 地域金融機関である福岡銀行は、金融庁が金融再生プログラムの柱の一つとしている「不良債権比率の半減ルール」を前倒しで達成した。次の課題は、攻めの営業である。具体的には、中小企業向け融資額を前年比で1000億円増やすことを04年度計画として掲げた。計画達成の方法は、各支店から寄せられる個別企業の経営課題ニーズに対して的確に支援できる態勢を整えること(生田祐二法人営業部法人推進室長)。その戦略にもとづき、03年10月から法人営業部の法人推進室のメンバーを11人から15人に増やし、ソリューション営業の専門チームをおいた。9ヶ月を経て、少しづつではあるが「経営課題改善件数が増えてきており、案件の内容がより具体的かつ高度化してきた」(同氏)。福岡銀行は着実に、「お金を貸す、知恵を貸す」新しい地域銀行に変貌を遂げつつある。

文責:清水 佑三

ソリューション営業とは何をいうのか?

 日本金融通信社が発行する金融専門(日刊)紙「ニッキン」といっても一般には馴染みがないが、筆者は同社が出している『月刊金融ジャーナル』は知っている。かつて同社の求めで「企業組織の文化力測定」と題する小論文を寄稿したことがあるからだ。

 拙稿が載った『月刊金融ジャーナル』の表紙をみると1994年11月号とある。あの原稿を書いてから、もう10年もたったのか、と思う。金融界はこの10年、まさに激動の中にあった。今もなおカオス状況は変わっていない。産業の血流部分を担っているのが金融セクターであるが、金融セクターの存在理由そのものが根本から問われている。高杉良の『金融腐食列島』シリーズは終わりが見えない。

 福岡銀行が経営強化課題においている「ソリューション営業」とは何をいうのか。さらにいえば、「ソリューションズ」という言葉は何をさすのか。拙稿を書く意欲はそこに集中する。猫も杓子も「ソリューションズ」の時代だからである。

 小林秀雄さんは戦後すぐに、「デモクラシー、デモクラシーとうるさいが、デモクラシーってなんだか知っているかい。大槻文彦さんの『大言海』を読んでごらん。大槻さんはデモクラシーとは下克上なり、といってるよ、昔からあったんだよ。衣替えしただけだよ」と何かに書いたことがある。

 ソリューションズも昔からあった。知恵という言葉がそれにあたる。「知恵」は仏教概念である。梵語「般若」がそれにあたる。(般若心経にいう般若とは悟りを開く宗教的叡智だ。正しくは智慧と書く。)仏教では、煩悩を断つ知の働きを「智慧」といい、心の働きを「慈悲」という。この二つの働きがあれば、人は迷妄の世界を脱することができる、とするのである。かかる高尚な働きは凡庸なわれらサラリーマンの懐中にはあまりない。

 福岡銀行の「ソリューション営業」の例として記事中、具体的に示されているものは二つ。

  • あるディスプレー会社から経営計画についてコメントを求められた。
  • 学習塾の経営会議に出席し「自己資本の積み上げ」を指摘し、歓迎された。

 記者の苦しみがよくわかる。もっとわかりやすい例がないか、もっとインパクトを与える例がないか、取材を重ねたに違いない。結果として文章になったのが上の二つだ。選択されなかった多くの事例があったに違いない。これが「ソリューション営業」の現実の姿なのである。仏教がいう「悟り」とは遠い。

(記事によれば)支店から寄せられる中小企業の経営課題は、

  1. 後継者をどうするか
  2. 相続税対策
  3. 株式譲渡などの事業継承

に集中するという。

 どの課題をとっても難題であり、デスクワークからの助言になじまない。(1)にある「後継者をどうするか」という課題ひとつとっても、Aという人、Bという人を思い浮かべて、帯に短し襷に長し、で逡巡するのが人の気持ちの常である。算数の応用問題を解くようにはまいらない。

 経営者から後継者問題を本気で相談されるようになったら銀行の営業マンは一人前なのだ。相談する側は相手の智慧を期待しているというよりも、最高度のプライバシーを共有してくれる人を求めているといってよい。右左に逡巡する気持ちを聞いてくれる人がほしいのだ。

 経営計画についてのコメントを求められたことが重要なのだ。それは人間関係の種類の規定であって、問題解決ノウハウの質に言及していない。それでよい。(拙著、『究極の営業術』(PHP研究所))

 福岡銀行の「ソリューション営業」とは、つきつめれば、顧客から信頼される「営業マン道」への回帰をいっているように思われる。

コメンテータ:清水 佑三