人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

住友不動産
完全実績賞与若手に活力 部長と部下で年収逆転も 6段階500万円の差に

2004年7月9日 日経産業新聞 朝刊 27面

記事概要

 住友不動産は「三菱地所の丸の内のような高収益を生む物件を持たない。人材で勝負するしかない」(高島準司社長)の認識から、一昨年から、優秀な人材に対してより報酬を厚くする「業績100%連動型賞与」制度に踏み切った。「全産業界を見渡しても、これほど徹底した客観評価は少ないはずだ」(小川正気人事部長)と自負する透明性の高い評価基準を設定し、前年1年間の成績をもとに、年間100万円〜600万円まで100万円刻みの6つの賞与額のいずれかに(部長職以下を)あてはめる。制度導入後の3年間で賞与額が、600万→200万→600万のように激しく上下する社員が相次ぐ。部長職(取締役を含む)以上も、預かった部署や担務の成績によって報酬を変動させる。中高年者社員には厳しい側面をもつが、若手社員の活力を引き出すことに成功し、トータルでみれば成功、と住友不動産は自己評価している。

文責:清水 佑三

人はパンのみにて生きるにあらず…

 (完全実績型賞与を導入した2002年以降の)住友不動産の単体業績(経常利益、億円)をみると、622(2002年度)→681(2003年度)→747(2004年度)とほぼ年率10%の水準で向上させている。三井不動産、三菱地所の単体業績も同じ時期、右肩あがりで業績があがっている。大手不動産業界はここ数年、生命力を蘇らせつつある印象だ。

 高島準司氏が住友不動産社長に就任したのは1995年で今年で9年目を迎える。就任後の人事制度改革の動きが記事中、囲みで紹介されている。目を引くのは世代別管理職就任状況の表である。部下をもたない営業専門職を管理職の範疇から除いた上で、1995年時点と現時点とで世代別管理職比率を比べている。9年前は、30歳代の管理職は(全管理職中)3%であったが、現在は37%に増えている。逆に、50歳代の管理職は、31%から16%に減っている。管理職層の若返りがはっきりみてとれる。

 管理職の降格が頻繁にあることも記事中で紹介されている。住宅販売(部門)の30代社員が明かした話として、「5年前に支店長に抜擢されたが、同時期に昇格したした支店長で今も管理職として残っているのは3割」というコメントがある。こうしたジェットコースターのような処遇のアップダウンを社員がどうみているか、興味がわく。以下は、伊東浩一記者の文章からの抜粋である。

  • 土地の仕入れを担当している30代社員「評価の基準が透明で、頑張れば報われる」
  • 50歳代の部長「我々の世代には厳しいが、会社の活力を向上させている。仕方がない」

 (月例)給与は年功要素を残しているが、賞与額の上下幅(最大500万円)が大きいため、30代社員がトップ賞与を得て、50代社員の年収を上回る事例が多く出る。

 こうした処遇哲学はどういう風土、文化をその企業にもたらすのであろうか。筆者の経験から、考えられる「現象・懸念リスト」をあげておく。

  • 傲慢化(自分よりも年収が低い上司を見下す人がではじめる)
  • 芸能プロダクション化(金を生むタレントの放出に部署長が抵抗する)
  • 踏み台化(賞与獲得の道具として会社をみる人がではじめる)
  • 拝金主義(賞与を多くもらう人が偉いという風潮が兆す)
  • 刹那主義(アップダウン賞与はすぐ消えてゆくものに使われやすい)

 金のために働く、はひとつの人間の生き様である。別な生き様として、仕事そのものにやりがいをみつける人もいる。人と人との調和、協調のための触媒になろうと考える人もいる。後輩の指導や面倒みが好きな人もいる。見えないところにあるほころびをつくろうことが好きな人もいる。短期では成果がでない発明・発見に意欲を燃やす人もいる。

 制度をフレックスにしておけばおくほど、多様な価値観をブレンドしやすい。多種多様な価値観がブレンドされればされるほど、組織の免疫力は総体として高くなる。いかなる環境変化にも対応できる。

 住友不動産の人事制度改革は単純明快ゆえに、組織をひとつの方向に動かす。強くなるが脆くなる。

 記事中の世代別管理職就任状況の図表をみていると、ほんとうにこれでよいのか、と思えてくる。

 伊東浩一記者は、事象の描写に関心をもち、自分の価値観を文体に滲ませない。ひとつの見識であり、記者だましいというべきであろう。

コメンテータ:清水 佑三