人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
花王
経験豊かな人材再雇用
2004年6月29日 日経産業新聞 朝刊 1面
記事概要
日経産業新聞の「働きやすい会社2004ランキング」総合12位の花王は、政府施策や世論の方向が一律に「定年延長」「再雇用」に傾きつつあるなか、この問題に対して冷静かつ慎重な姿勢をとり続けている。「意欲ある社員にとっていい会社」を目指す上で「すべての人を定年後も雇う必要はないのでは」(人材開発部門統括の青木寧氏)と花王は考えるからだ。現実の問題として、定年延長や一律の再雇用は人件費の増大を意味し、経営の圧迫要因になりかねない。独特の「プロフェッショナルアドバイザー」という人事制度は会社が実力を評価する60歳社員をピンポイントで指名し、再雇用を打診、提案する制度。毎年2ないし3人が選ばれる。双方が条件等で合意すれば再雇用が決まる。現社員だけでなく、定年後にも実力主義にこだわる姿勢と最高益更新連続23期とは決して無関係ではない。(佐々木元樹記者の署名記事)
文責:清水 佑三
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花王、最高益(連続23期)更新の背後にあるもの
コメンテータ:清水 佑三
企業に生きる人間の姿にこだわった城山三郎は、花王石鹸長瀬商会を創業した長瀬富郎伝(『男たちの経営』)と、飛躍的に花王の規模を大きくした伊藤英三伝( 『梅は匂い 人はこころ 伊藤英三伝』 )の二つの花王物語を書いている。
城山三郎は、伊藤英三急逝の後を受けて花王を預かり、長く花王を指揮し、後に中興の祖といわれた丸田芳郎にも強い関心をもち、雑誌の対談などで丸田語録を紹介していた。花王という人間集団の何が、この作家のセンサーにかくも強く触れたのか興味がある。この記事にはその秘密をうかがわせる一端がある。
記事中に紹介された人材開発部門統括の青木寧氏の次の言葉などは、それにつながるものだ。
「意欲ある社員を引き上げる仕組みは必要だが、意欲のない社員を無理に引き上げるのは会社、社員どちらにとっても不幸なことだ」
また、「Find」と名づけられた全社員の意識調査(モラルサーベイ)の質問を一から作り上げた同じく人材開発部門グループリーダーの水谷秀之氏の次の言葉も、同じである。
「職場の環境と社員の働きには明確な相関関係がある。それを裏付けるデータをもちたい」
丸田芳郎は実験の鬼といわれた。実際、彼の履歴を調べると、花王石鹸長瀬商会入社後、2年間であるが京都大学に国内留学している。そこで航空潤滑油の研究に従事し、陸軍技術有功賞という名誉ある賞を受賞している。
丸田精神を、論語流に、一言(いちげん)もってこれを覆わば、「実験主義」である。観察によって直覚した「仮説」を、行動によって得られた事実で「検証せよ」が、彼の真骨頂だ。
したがって、消費者が求めているものは何か、という強い問題意識を持たずに、路地裏を歩かない役員、社員はそれだけで失格だ。売れている競合他社の売れ方を「店頭」で観察しない役員、社員はそれだけで失格なのである。
直覚した「仮説」が使える知識になるかどうか、データによって裏づけをとらねばならぬ。まず小さいサイズで実験的に作って実験的に売ってみればよい。実験の鬼、はたったこれだけのことを全社に徹底的に長期にわたってやらせた。
花王の最高益更新連続記録の背後にあるのは、このこだわりだ。同じような「実験主義」はイトーヨーカ堂の鈴木敏文にもみられる。経営者である前に、サイエンティストなのである。成長と利益を創出する要因が何かを探求し続けるサイエンティストなのだ。
こうした精神の傾向性は筆者にもある。会社経営をすること=実験、という捉え方だ。
「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」制定という社会の動きに、花王は必ずしも同期した動きをとろうとしない。まさに青木寧氏のいうように、それが会社にとって「現実的で有効か試してみないとわからない」からだ。
採用責任、教育責任という大義のもとに、採用した全社員を厚遇することはナンセンスだと花王は考える。意欲ある社員にとっていい会社をつくればよい。筆者もこの考えを支持する。
問題は人の意欲なるものが、運動神経のよしあしや絶対音感のようには明快に個人差が把握できないところにある。ある上司のもとでは意欲的になる人が、別な上司についてふてくされる。それが人だ。
こういうごく当たり前の現象に対して、どういう考え方をもって臨むか。花王の人事制度には尽きぬ興味がある。