人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
大日本印刷
技術職の評価・処遇刷新 年次不問、客観基準設ける
2004年5月13日 日経産業新聞 朝刊 23面
記事概要
大日本印刷は、既にもっている印刷技術と新しいインターネット技術を融合させた新事業を模索している。この事業に携わる技術者の研究・開発意欲が新事業成功の大きな鍵を握っている。そのため、高い能力をもつ技術者の意欲を引き出すために、入社年次や管理職位と関係なく「能力や業績」を認定する審査委員会を設け、新しい「主席」と「フェロー」の待遇認定を行う。主席認定者には月額10万円の手当がつく。フェローは国際的な学会での論文の受賞など卓越した成果を出した技術者を対象にし、役員に準じた待遇を用意する。従来は実力があっても入社年次が低い若手は評価されず、管理職になると技術者として成果を出しても役員に準じた待遇とは遠かった。認定審査は「利益に貢献した」など、分かりやすい基準で運用する。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
見えない訴訟の影があいまいな制度を作らせる
コメンテータ:清水 佑三
すでに掲載後1ヶ月を過ぎている記事であるが、何となく気になるところがあり、ファイルから引き出してコメントの対象とさせてもらった。
大日本印刷さんにはお世話になった。詳述は避けるが、昭和48年以来、30年の長きにわたり、いろいろな部署の方々にずいぶん無理なお願いをし、一つひとつよくきいていただいた。大日本さんは(間違いなく)私を育ててくれた取引先であり、顧客である。
(大日本さんは)どの印刷会社と比べても遭遇戦に強い。形になるものが残って頒布されるという印刷業は、仕事の性格上、重大なミスと背中合わせで暮らす。発生してしまったミスにどう対処するか、印刷事業者の鼎の軽重が問われる。自分のチェックが甘くて起こったミスは、誰でもが自分のこととして向き合える。真率な対応ができる。
問題は、そうでないミスへの対処である。(大日本さんで)お世話になった人を思い浮かべると、かかる場面で逃げる人は皆無だった。集合研修を千日つづけてもこうした修羅場での適切行動は身につかない。先輩、上司がピンチをチャンスに変える「ファインプレー」を(目の前で)演じる。「かっこいいなあ」と後輩に思わせたら勝ちだ。そこから自分を鍛える若い修行僧の毎日が始まる。一人前のプロはみなその道を通る。
大きな視点で時代の動きを捉えると、(会社は)ごく少数の個人の働きによって、利益やブランドイメージを創出してゆく方向に動いている。極端な例をあげれば、島津製作所における田中耕一さんのノーベル賞受賞である。「蛋白質解析の島津製作所」のブランドイメージは(受賞を機に)はねあがったのではないか。
自分がかかわった発明の対価を求める訴訟が相次いでいるが、自分の努力によって会社がメチャメチャ儲かったと(その個人が)思えば、報いを求めるのは人情である。訴訟ラッシュに襲われるまえに会社として先手を打つ必要がある。
仮に、ある印刷技術とあるインターネット技術が組み合わされて携帯電話の使い勝手を画期的に変えてしまったとする。一年間の利益の半分がその特許からもたらされるとする。しかも、その特許は特定の数名からなるチームによって生み出されたとする。このチームへの処遇をどうするか。
多くの技術者を抱える企業が、かかる事態を想定し、社長賞というあいまいな表彰制度を見直し、人事制度として「功あるもの、能あるもの」の扱い方についてルールをつくる動きを見せている。島津製作所における田中耕一さんの例を見習い、役員に準じた「フェロー」というポストをつくる大日本印刷の事例はこの方向の延長線上に来るものだ。
気をつけないといけないのは、人事制度がもつジェラシー統制の世界と、発明・発見による利益の還元(取引)の世界とでは、本質が全く違うことだ。一緒にしようとすればするほど矛盾が大きくなる。
記事において制度設計部分を示すと以下のようになる。
筆者の関心は、田中耕一さんが仮にノーベル賞をもらわなかったと仮定し、かかる評価制度で1000点中、何点をとったかということに集中する。意外と低く出てしまうのではないか。(彼の出世が遅かったのは評価点が高くなかったからである)。ここにこうした制度のもつ矛盾が顕れる。
田中耕一さんのような人の早期発見、早期対応が狙いの制度であるのに、現実に運用すると田中耕一さんは低得点者グループに入ってしまう。結局、何をやろうとしているか自分でもわからなくなる。
かかる人事制度によって田中耕一さんを発見し、処遇しようとするのは無理だ。
しかるべき成果が出たあとに、当事者を含め、社内、社外の誰もが拍手喝采する感動の大岡裁きを用意すればよい。そうしないと、「成果主義が組織の活力を殺ぐ」あらたな事例を増やすだけになる。
「大岡越前守づくり」が会社ができる唯一の正しい対処法だと考える。