人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

マツダ労働組合 小田一幸委員長
こんにちは寸暇拝借=マツダ労働組合 小田一幸委員長
団体交渉、従来からの枠組み脱却

2004年6月12日 日刊自動車新聞 朝刊 6面

記事概要

 マツダの労働組合委員長に対する取材記事。04年3月期決算で、マツダは過去10年間で最高の営業利益を達成した。特筆されるべきは、この営業利益がリストラ効果によってもたらされたものではなく、アテンザ、RX-8、アクセラなどの世界的な規模での売れ行き好調によるものであることだ。こうしたマツダの現状に対して、マツダ労働組合の小田一幸委員長は、「満額(年5.3ヶ月)回答でなければ妥結しない強い気持ちをもって(春闘に)臨んだ、従来の団体交渉の枠組みから脱却し、組合自身が自ら変革する強い意志を持ったのがよかった。執行部として現場をマメにまわり現場の組合員とのコミュニケーションを深めることをこれからも心がけたい」と語った。

文責:清水 佑三

労働組合の存在理由は組合員の幸せに貢献すること

 マツダ車(ユーノス)を長く愛用していることもあって、マツダの三文字には愛着が深い。マツダ車のどこがいいかといえば、一にデザイン、二に頑丈さ、三四がなくて、五に保守の丁寧さをあげたい。

 マツダ車が先か、カープが先か忘れたが、広島東洋カープも好きな球団だ。走るべきときに、きちんと走ってくる伝統をもつ球団は、広島と西武である。いずれも広島の第二代監督だった根本陸夫さんが育てた球団だ。

 それはともかく、広島という球団は慢性的に貧乏なので、国内で高い相場がついている全国区レベルの新人選手が採れない。どうしても採用、教育において創造性を発揮しないと先がない。

 カリブ海、エスパニョーラ島東部のドミニカ共和国に目をつけ、カープアカデミーという直営の野球学校をつくって選手の育成をして、長期的に広島カープで使おうと考えた。ところが、ドミニカの少年たちの夢はあくまでメジャーで活躍することだ。踏み台として日本のプロ野球がある。

 広島カープからヤンキースに行ってトリプル3(打率3割、本塁打30本、盗塁30個)を実現したアルフォンソ・ソリアーノの移籍問題はこうした両者の思惑の違いが表に出てもめにもめた。決着に5年を要した。いわゆる日米野球機構間のポスティングシステム(入札制度)は、カープアカデミーが生んだ二人の逸材、チェコ、ソリアーノの移籍問題で誕生したといってよい。メジャー選手イチローはこの制度によって実現した。

 ことほどさようにマツダは理想を追う。ロータリーエンジンもそうである。創造性が豊かなのである。そして、厳しい現実によって理想の修正を余儀なくされる。

 記事解説に入る前に余計なことを書いてしまった。マツダ、カープとつづくととまらなくなる。小田一幸マツダ労組執行委員長の話にもどす。彼は、この取材記事の中で、きわめて明快に労組の本質と自分がもつ抱負を語った。以下のとおりだ。

  • 会社の施策に対して組合が口だしをする権利はない。
  • 組合が考えるべき第一は組合員の仕事生活での幸せだ。
  • 具体的には「組合員の能力の発揮を阻むような環境要因をとりのぞく」ことだ。
  • 目がゆきとどきにくい中国への赴任組合員の生活面でもきめ細かくフォローしてゆきたい。
  • 原点にたって会社に対して要求すべき点はキッチリと訴えてゆく。
  • それを支えるものは現場の組合員と我々執行部との強い信頼関係のパイプである。
  • 執行部はどんどん現場に出る。そして末端の組合員とできるだけホンネで話し合う。

 マツダの誇るべき「DNA」は理想を追う精神である。挫折を繰り返しつつ理想を捨てない、それがマツダ精神だ。小田一幸委員長の言動にもそれがあらわれている。すぐれた運動家のもつ姿・生き様がみられる。

 何ゆえに自らが存在するかを自らに問う。徹底的な思考を通して、自らの存在理由について確信が生まれる。あとは不退転の意志が続く。末端一人ひとりの組合員との信頼関係を築ければ、いつか岩をも通す力が生まれる。「労働組合は組合員の幸せ度をあげるためにのみ存在する」。

 マツダ労組が勝ち取った今春闘の満額回答は、リーダーである彼の情熱と使命感があったがゆえに引き出されたと筆者は思う。官僚的ではない労組委員長の肉声にであった。労働組合運動の先行きを心配するのはまだ早いようだ。

コメンテータ:清水 佑三