人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
伊藤園 退職慰労金を廃止 役員報酬の一部に株式購入権
2004年6月9日 日経産業新聞 朝刊 23面
記事概要
既に役員賞与を廃止している伊藤園は、役員への退職慰労金制度を廃止し、100%業績連動型の役員報酬制度に切り替える。新たに導入される役員報酬制度は、従来の役員年俸に加えて、1株あたり1円の権利行使価格で毎年3万株を上限に役員にストックオプションを与えようというもの。現在の伊藤園の株価水準で計算すれば、役員退職慰金にかわる会社負担は、毎年1〜2億円の水準になる。この改革案は2004年7月の株主総会に諮られ、通れば即、新制度に移行する。過去の未精算分は、金銭精算によらず、役員退任まで行使制限がつくストックオプションの付与方式とする。誰にどれだけの数のストックオプションを付与するかは、担当業務の業績などで個人別に決める。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
ストックオプションはかく使うべし
コメンテータ:清水 佑三
伊藤園創業者の本庄正則氏は、立志伝中の立志伝の人である。1981(昭和56)年、世界で初めて「缶入りウーロン茶」を世に出した。それから4年後、技術的に無理だとされてきた「缶入り緑茶」の製品化を成功させ、いわゆる無糖茶飲料市場を(たった1人の豪腕をもって)創造した。類い稀な指導力によって、お茶の伊藤園を清涼飲料の伊藤園に、静岡の伊藤園を世界の伊藤園に変えた。
2002年7月の岐阜・みずなみカントリークラブでのゴルフ5レディースで、塩谷育代プロが優勝した。優勝インタビューは例外なく面白いが、この時のインタビューほど視聴者の心を打ったインタビューは稀だったろう。塩谷はマイクを向けられても、まったく言葉にならなかった。
泣きじゃくって、ただただ「本庄会長が勝たせてくれた」を繰り返した。無名に近かった塩谷育代という1人のゴルファーに注目し、専属契約を結んで、我慢に我慢を重ねて彼女を一流選手に育てたのは本庄正則の情熱である。「缶入り緑茶」を世に出す情熱と同じだ。塩谷が涙するのはむべなるかな、である。
合理性と人情の緊張関係を極限までもってゆこうとする「本庄正則イズム」は、(彼が棺を蓋うた後でなされた)今回の役員処遇改革にもよく出ている。次の点に注目すべきだ。
従来の退職慰労金制度は退任する役員からみてリスクがあった。みずほフィナンシャルグループで現におきているように、業績低迷や社会的批判を浴びた不祥事によって、引き当ててきた退職慰労金の支払いがペンディングになったり、場合によっては中止されてしまう。老後の楽しみにしていた大きなお金がある日突然、視界から消えてしまう。護送船団方式の中にあって、戦犯よばわりは酷だと思う。
ストックオプション付与方式にはその危険がない。ストックオプションの権利行使を退任時の楽しみにしていても裏切られない。これは(役員の)精神衛生をよくするだろう。受け取る側にとっての合理性がある。人情みもある。
付与数を個人別に変動できる自由度が(会社からみて)魅力だ。役員として新人であっても最高の付与数を与えることも可能だ。支払い側にとっても合理的で寝覚めがよい。
この方式を取れば、従来、慣習化されていた、Σ(在任月数×役付き乗数)方式がもつ、お手盛り的で不明朗な感じを払拭できる。社員、組合、株主、社会に対しての説明責任を果たしやすい。
税制度のフォローなど、これから先の課題は多いが、役員がより役員らしい仕事をしてゆく環境づくりを(この改革案は)支援するだろう。国家、地方公務員や省庁外郭団体の退職慰労金制度も見直す時期に来ている。
忘れてならない点は、会社が業績連動に目を向けるばかりに、暗黙的な約束をある日突然ほごにするような残酷なことを(功労者に対して)しないことだ。豊かな老後を(功労者に)保障するのは、企業のもつ社会的責任の一つである。よい先輩をよく遇する社会は、社会全体の体温が高くなる。冷たい社会に住みたいと思う人は少ない。