人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

【ひと】
人事部長として3社で1000人をリストラした
梅森浩一さん(45)

2003年6月24日(火) 朝日新聞 朝刊 3面

記事概要

 3社で1000人のリストラを通告した梅森浩一氏は「完璧なクビ切りのコツは、退職金の上乗せ、年休の買い上げ等の優遇条件を出して粘り強く説得し、相手にサインを求めてゆく姿勢にある」と語る。

文責:清水 佑三

首斬り朝右衛門の再来

 「子連れ狼」に登場した山田朝右衛門(首斬り朝右衛門)は、今でいう刀剣コンサルタントだったらしい。山田家は、代々、御試御用(おためしごよう)という新しくつくられた刀の試し切りと鑑定を生業にしていた。四代目浅右衛門が刀の切れ味を試すためにアルバイト的に罪人の首斬りを始めたところ、それが評判を呼んだ。998人の首を斬ったといわれるが、嘘だろう。時代劇に出てくる朝右衛門は五代目以降の名前だそうだ。

 現代のクビキラーとしてマスコミに登場した梅森浩一さんの本(『クビ!』論)は売れに売れているという。クビを斬りたいが、どうやって、と思っている会社が、実のところ多いということだろう。まさにクビ斬りは、今の時代にあって避けて通れない「するも地獄、されるも地獄」の阿鼻叫喚の世界なのだと思う。

 文字数にしてはわずかな「紹介コーナー」であるが、市川裕一氏の文章は簡潔で的確だ。記者が梅森さんの口を借りて読者に訴えたいことは明快である。

・・・翻って日本企業では、希望退職者を募ると有能な人から失望して辞めてゆく。そんな状況を放置し、将来像を描けぬ経営者に、クビキラーは「クビ切りよりハラ切りを」と手厳しい。・・・

 そのとおりだと思う。指名解雇は、経営責任の表現である。指名解雇されたほうはたまったものではないが、企業もまた生き残るための必死の戦いを挑む。それが指名解雇だ。外資の場合、これだけの仕事をするからといって高い年収を要求して入社している人が多い。それをしていないではないかという数字を突きつければ、確かに五分と五分の戦いになる。訴訟ゼロの背景だ。

 純粋の内資(非外資)はそうはいかない。新卒の人たちに「白紙委任状」を出させて、生涯の身柄を預かっている(建前がある)。白紙委任ということは教育責任を会社が負うことと同義である。教育した結果、数字が出ない。誰の責任か、本人の責任だけを追及してよいのか、判然としない。希望退職という道しか残されていない。

 会社を愛するがゆえに残る、は方便である。希望退職策にすがる経営者本人がまず残る。市場価値がある人は先手必勝でどんどん辞めてゆく。市場価値に自信がない人は希望退職に応じない。残っていれば生活できる。クビをすくめて嵐が過ぎるのを待つ。明日があるわけがない。

 梅森さんの新しい人事コンサルタント会社は間違いなく流行るだろう。ダウンサイジングしか道がないなら、指名解雇で正々堂々の戦いを挑むほうが展望がある。訴訟ゼロのコンサルタントは(そのとき)ありがたい存在になるに違いない。

コメンテータ:清水 佑三