人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

西友の1600人削減 「成長には絶対に必要」
ウォルマート国際部門CEO改革は「辛抱強く」

2004年3月30日 日経流通新聞 朝刊 4面

記事概要

 米ウォルマート・ストアーズの国際部門のジョン・メンザー最高経営責任者(CEO)は、日経流通新聞、表悟志記者のインタビューに応じ、先に西友グループが実施した約1600人の正社員削減について「従業員のために絶対必要であった、適切な変化を遂げることができた」と強調した。抜き打ちともとれる大型の希望退職募集(の報道)について「マスコミは西友を厳しく見すぎているのではないか。収益が上がらないと強く批判しながら、収益をあげるために必要な手法を発表したら、過程がよくないという」。また根強くある撤退論について「大きな変革を推し進める際には、辛抱強くなければならない。5ヶ年計画を通じて新しい西友をつくる」とだけ回答した。

文責:清水 佑三

 

 マスコミによる批判の大合唱のさなかに、敏腕記者たちのインタビューに応じるのは勇気がいる。

 最近の事例をあげれば、2月24日の読売新聞夕刊にヤフーBBの運営事業体であるソフトバンクBBの「2恐喝事件の各容疑者逮捕」が報道された。数日後の孫正義氏の記者会見が記憶に新しい。

 読売の報道当日、外国出張中であった孫正義氏は、翌々日に帰国し、盗まれたデータの分析作業を徹夜で行わさせた。その上で27日の記者会見に臨んだ。記者会見は2時間半に及んだ。この間の機微は、日経ビジネス3月22日号『敗軍の将、兵を語る』に詳しい。

 記者の関心は、どうして大量の個人情報が盗まれるようなヘマなことをやったのか、に尽きる。被害者が、(見えない)加害者以上に厳しく追及される。どこかがおかしいが、そのおかしさをうまく表現できないもどかしさがつきまとう。孫氏の回答は委曲を尽くして誠実であったと筆者はみる。

 本題に戻る。ウォルマートの西友支配の過程で起きている(マスコミの)批判を要約すれば、

  1. 日本の文化や社会風土を前提にして考えると今回の退職勧告を視野にいれた希望退職募集は、消費者を敵に回してしまい長い目でみて営業改善につながらないのではないか。
  2. ウォルマート創業者のサム・ウォルトンは、店舗従業員から強い信頼を得ていたという。今回の削減方針の発表は抜き打ち的で店舗従業員は寝耳に水だったという。創業者の精神に反しないか。
  3. ドイツ、日本ともに独自の消費行動、消費文化をもっているといわれる。文化の異なる国ではウォルマートのやりかたは成功しないのではないか。
  4. 今回の退職勧告は実質解雇に近く、昨年6月に成立した改正労基法のいう「合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合(解雇)は無効」に抵触しないか。

 等々である。

 日本IBM(会長)の北城恪太郎・経済同友会代表幹事は、「リストラによって(一部社員を)削減しなければ、結局倒産して全社員に影響が出る。日本は解雇を制限しているが、その結果企業が正社員の採用に慎重になる。解雇も採用も自由にしたほうが雇用も増える」と1月16日の定例記者会見で述べ、西友の立場を明確に支持した。

 一方で、草野忠義・連合事務局長は「組合がやむを得ないと判断すれば、希望退職の募集までは仕方ないだろう。だが、固有名詞を指定して、などということがあれば到底認められない」と同じ日に述べている。まさに真っ向から見方が対立しているといってよい。

 ジョン・メンザー国際部門CEOがインタビューを通して示した見解は明快だ。次のように要約できる。上の4つの問題意識に対応させて同じ番号をふる。

  1. (発表後の)従業員のモラルは非常に高い。従業員のモラルが顧客への行動に反映される。また西友の経営陣は強力である。成長軌道に向けてよい方向に変化していることが認識されてきている。大丈夫だ。
  2. サム・ウォルトンはよい業績をあげて従業員の信頼をかちとった。希望退職を通して西友がよい業績をあげる企業になれば、従業員の信頼はそこから生まれる。
  3. ドイツで労務問題を抱えたという指摘は間違っている。そういう事実はない。従業員代表組織との協力関係はドイツで維持できている。能力主義の人事評価は一生懸命に働く従業員が報われる。普遍的な原理であり、日独では通らないということはない。
  4. 合理的な理由を欠く不公正な解雇権の乱用にはあたらない。会社存続のために適正サイズを求めただけだ。今の運営コストのまま大きな負債を抱えて走れば立ち行かなくなる。合理的な選択だ。

 記者が聞きたかったであろう「退職勧告」の対象者の特定方法についてはコメントをしていない。各種報道をつきあわせると、「過去の人事評価や能力テストの結果などを基に決定する方向で調整している」という姿がおぼろみえる。

 過去の人事評価はおくとして「能力テスト」の結果を基に、という部分がひっかかる。スナップショット的な(短時間での)能力テストの結果が、解雇事由としての合理性をどこまでもつか。

 能力テストは、筋力測定に限りなく近いものだ。使わなければ劣化するのが筋力である。劣化する場所に長くその人をおいて、ある日突然のようにして筋力測定を行い、ダメの刻印を押すのは、押すほうも押される方も寝覚めが悪い。この部分は再考の余地がある。

 管理職能のアセスメントをもっぱら行っている事業者の社長の言である。

コメンテータ:清水 佑三