人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

NEC
研究成果の事業化・収益化
研究所に推進責任者

2004年1月5日(月) 日本経済新聞 朝刊 11面

記事概要

 NECは2004年1月5日づけで、研究所内の新しい役職としてCCO(研究所キャリア推進責任者)を設ける。CCOの仕事は、本社の人事部門と連携して研究所内の人事スタッフとして、事業と無縁な研究に没頭しがちな研究者のマネジメント(個人別育成方針立案・研究内容の点検・特定大学からの推薦採用の見直し・中途や外国人の中途採用等)にあたる。狙いは、収益につながらない研究活動を減らしてゆき、研究成果の事業化・収益化の促進にある。

文責:清水 佑三

NECの試みに文民統制の本質をみる

 田中耕一さんが、仮に本人が入社を希望したといわれるソニーに入社したとしたら、多分、田中さんのノーベル賞受賞の栄誉はなかったろうと思われる。

 島津製作所の方が、ソニーよりも commercial(more concerned with profit and being popular than other values) という点でおおらかであり、その風土、土壌が、人類レベルでの大きな発明をはぐくんだと思われるからだ。

 こうした大発明、大発見は、(一見無意味と思われる)余白の大きさや、長い発酵のための(一見無意味と思われる)時間と無縁ではない。そのことを念頭においた上で書いてゆく。

 記事からうかがえるNECの意図は明快である。次のように箇条書できる。

  1. 研究者の採用を(特定大学)特定研究室からの推薦に依拠する方式を見直す。
      (他の業務と同じく、中途採用や外国人採用などもアリとする)
  2. 研究者の育成や評価を他の職務従事者と同等に扱う。
      (個人別育成方針をもち、日常の業務内容を把握し、業務成果を問う)
  3. 事業化と無縁な研究に没頭しがちな研究者に「成果の事業化」を求めてゆく。
      (そのために研究成果の事業化・収益化を促す推進責任者=CCO=をおく)

 病院の経営をドクター(医師)に委ね、学校の経営をプロフェッサー(教授)に委ねる構図は、共通の価値意識から来ている。「専門的な価値の担保」が大義名分である。その大きな構図が揺らいでいるのは周知のとおり。ドクターもプロフェッサーも、同業の人をリストラすることには熱心になれない。一種のギルド社会が形成される。果ては、病院、学校の債務超過である。それを免れるために過剰医療、過剰講義がなされ、専門的な価値に目減りが生じる。

 ところで、企業の中の研究所についてはどうか。研究所の経営を研究者(から昇格した人)に委ねることは本当に適切かどうか。研究者間の相互扶助組織をつくってしまわないか。他人の研究にも口を挟まないから、自分の研究にも口を挟まないでくれ、という不文律をつくらないか。

 文民統制とは軍部の独走を文民(利害当事者)が阻む意志と構造をさす。株主、経営者、従業員、取引先、顧客といった文民の財産である企業を、軍人(研究者)が私物化したとしたら、文民統制によってそれを排除しなければならない。それがNECの試みの時代的な意味である。

 NECの今回の試みは、企業内で治外法権、聖域的であった一部領域に対して初めてメスを入れたという点で画期的である。評価できる。卑近にいえば、大学推薦制という前世紀の遺物のような形態は、こうした努力の結果、次第に消えてゆくだろう。

コメンテータ:清水 佑三