人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

人事力 終わりなき“御手洗改革”
【強さの秘密】キヤノン[17]
実力主義と終身雇用併存

2003年12月16日(火) 日刊工業新聞 朝刊 3面

記事概要

 キヤノンは実力主義と終身雇用の並存を上手に進めているように見える。多くの企業が成果主義人事制度への移行で悪戦苦闘している中でどうしてキヤノンだけそれができるのか。秘密は医師であった初代社長の御手洗毅の「会社を一つの家族」「学歴のみによって人を左右するのは間違い」という二つの強い思想がある。本人の実力によってのみ昇給できる制度が整えられ、終身雇用死守の松明は、現社長の御手洗冨士夫にも受け継がれている。

文責:清水 佑三

実力主義と成果主義は違う

 「人事力」という言葉がタイトル的に登場している。面白い表現だ。この新聞記事解説シリーズの狙い、関心はまさに「人事力」をもつ会社事例(の紹介)にある。

 ところで、終身雇用の死守を謳っているトヨタにしてもキヤノンにしても「強い企業」である。強いがゆえにそれを謳える、という面を忘れてはならない。終身雇用を死守したくても、会社が存続できないならば意味がない。トヨタ、キヤノンの事例にみるように、終身雇用は「強さ」を示すステータス様のものになりつつある。

 さて、この記事にある「実力主義」、「家族主義」、それに昨今、使用頻度の高い「成果主義」の三つについて概念整理を試みたい。ここでいう**主義の「主義」は制度化された価値観をさす。

実力主義
身分と職制を対応させない考え方をいう。たとえば、特定の譜代大名からのみ老中が選ばれる、は身分と職制を対応させているので実力主義の反対である。短大卒の女性でも力があれば役員になれる、は実力主義の典型。

家族主義
会社を擬似家族と考え、一人ひとりの構成員を家族の一員として大切に扱おうとする考え方。離縁、勘当といった家族関係の解消をもっともよくないこととして嫌う。結果として終身雇用が定着する。

成果主義
金、身分、権力を組織の構成員に配分するさいに、構成員が組織に対してもたらした「成果(えもの)」の量、質を基準にしてそれを行おう、という考え方。

 このように整理してゆくと記事の見出しにある「実力主義」と「終身雇用=家族主義」の併存は、別段の矛盾を孕まない。大相撲の社会が現実にそうである。実力によって身分、給金は変動するが番付のどこかには名前がのる。相撲とりとしての実力がおちて番付から脱落しても、部屋づき、相撲協会づきとして残ることができる。

 「成果主義」の場合、は成果ゼロに対して、金、身分、権力ゼロが対応するので、原理的に「家族主義」とは併存しない、となる。

 今後の日本の人事制度のありかたを考えるときに、「実力主義」と「家族主義」の併存は一つの具体的な「解(ソリューション)」である。トヨタもキヤノンもそれを実行している。

コメンテータ:清水 佑三