人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本綜合地所
管理職に手当10〜30万 もっと部下と飲みに行こう

2008年3月4日 読売新聞 朝刊 2面

記事概要

 マンション分譲大手の日本綜合地所(本社・東京)は、3日、4月から「部下手当」と呼ぶ、管理職を支給対象とした新しい手当の創設を発表した。役職と部下の人数に応じ、毎月、10〜30万円を支払う。対象となる管理職は副課長以上の約60人。取締役は対象から外れる。交際費等の経費扱いではなく、給与の一部として支給する。従って、領収書を会社に提出する必要はない。部下との会食や冠婚葬祭にあててもらうのが新しい手当の主旨であるが、他の目的に使っても、問題としない。通常の給与口座とは別の専用口座に振り込むことで、この手当の狙いを意識させる。同社は、こうした手当を設けることで、「上司が部下との交流を活発化し社内の人間関係を円滑にしたい。結果として業績向上に結び付けてほしい。」と期待している。

文責:清水 佑三

「飲みニケーション」奨励は時代錯誤?

(日本綜合地所とは?)

 東証1部上場の不動産業。ヨーロッパ風の分譲マンション「ヴェレーナ」シリーズを展開していると書けば、ああ、と思い当たる。

 売上の85%は、自社開発のマンション販売である。ここ数年の業績は悪くない。ただ、現時点での日本綜合地所に対する市場の評価は低く、純資産倍率が1を切ってしまっている。配当利率は、7%に近い。過小評価されていると見るべきか。

 日本綜合地所は、他のマンション分譲大手とは、一味も二味も違うところがある。プレスリリースがうまい。それも意表をつく角度からのものが多く、しばしば記事にとりあげられる。

 二つだけ例をあげておこう。

 一定の条件を満たすマンション購入顧客に、仮に子供が生まれたとしよう。日本綜合地所にその旨を伝えると、お祝い金がでる。マンションを売れば、発売元との関係は切れるのが普通。社会貢献(少子化対策)の一環という。

 2005年7月には、社員の健康維持の目的で、禁煙宣言をした社員に対して一律10万円の禁煙支援金を支給すると発表。全社員292名中110名が禁煙宣言した。もともと非喫煙者だった残りの社員にも協力金として10万円を支給した。これも広義の社会貢献か。

(部下との飲み代手当、これは朗報なのか)

 読売は、プレスリリースの内容を要約して記事にしているが、日刊ゲンダイは違う。「これはサラリーマンにとって朗報なのか」という角度で辛口記事を載せている。人事コンサルタント菅野宏三氏の次のようなコメントを載せている。

…管理職はプレッシャーでしょう。ポケットマネーなら、気に入った部下を誘えばいいが、『手当』となれば公平に誘わざるを得ない。偏ったら必ず不満が噴出する。

…おごっても以前ほど感謝されないでしょうし、もちろん割り勘はできない。もし、飲みに誘わなければ『あの部長は30万円を独り占めにしている』と陰口を言われる。

…毎月、30万円を部下と飲むのは大変ですよ。本当は単なる『役職手当』にして欲しいでしょうね。

 日刊ゲンダイの記事は「部下と飲むのが嫌いな管理職は頭を抱えているのではないか」で結ばれている。

 飲みニケーションの奨励は時代錯誤なのだろうか。功罪両面を点検したい。まず罪から入る。

***

(時間外での上司との会食は残業の強要)

 欧米列強の企業と熾烈な競争を展開している大企業ほど、この理由でいわゆる“飲みニケーション”から足を洗いつつある。グローバルスタンダード、人権意識の高まりがそれをさせているとみる。

 部下の立場に立って考えよう。

 学校時代の友人や同じ趣味の人と飲み食いするのは楽しいが、会社で毎日顔を合わせている人と時間外までつきあうのは面白くない。ましてや相手は自分を評価する上司である。飲み食いしていても、ちっともおいしくない。納得できない残業を強要されているようなもの。極論すればハラスメントの一形態である。

(上司にとってもまがまがしきもの)

 “飲みニケーション”離れの流れは、会社や部下の人権意識の変化だけに起因しない。上司の立場にある管理職者の意識の変化にもよっている。

 組織のゴールイメージや方法論の共有化は、個別に、密室で、しかも夜、酒を入れて行われるべきではなく、フォーマルな会議体のもとでみんなに見える形でなされるべきだという考えもありうる。

 筆者は上司の立場に立って38年、ずっとアンチ“飲みニケーション”路線でやってきた。あらゆる仕事上の相談は、部署ごとに開く週一度の「相談会」できく。みんなの前でいえない相談は、もともと筋が悪いものが多いからきかない。

 会議の運用に馴れてくると、出てくる相談の質が高くなってくる。自ずから相談ごとの視聴率のようなものが意識されるからだ。

 ここでなされる部署リーダーとメンバーとの対話は、公開カウンセリング、公開コーチングという色彩を帯びる。リーダーの意見にメンバーが異議を唱えることもある。議論が深まりをもってくる。まさにOJT教育である。

 個人的な悩みごとの相談はオープンな会議体になじまない。勤務時間内、会社内の個室で相談を受ける。酒が入った席でないと言えない話であれば聞くべきでないと思っている。筆者自身の“アフターファイブ”も無視できない。“飲みニケーション”はこと筆者については不要だった。

 功についても触れておく。

***

(飲みニケーションの効用)

 天下の大企業で“飲みニケーション”を奨励、重視するところは多い。ただ、いずれの会社においても、全部署で奨励しているかといえば違う。営業最前線において士気や求心力を高める手段として“飲みニケーション”を意識している。

 その理由を絵解きしてみる。

  • 国内市場でトップ争いなど熾烈な競争環境に置かれている企業。
  • 営業の最前線には“もっと売れ”という強い負荷が常時かけられている。
  • “市場ニーズ”“商品力”だけでは競争に勝てない。
  • 体力、気力をフルに使う運動量の戦いにならざるを得ない。
  • 営業マンは疲弊しきって会社に戻る。さらに事務的な仕事もしなければならない。
  • 時計を見るともう9時である。
  • 先輩や上司が「おまえ大変だな。今日はもういい、一杯おごろう。」と声をかける。
  • おごってもらわないと気がすまない営業マンは、飲みながらイライラを先輩、上司にぶつける。
  • 先輩、上司は黙ってきき、そうだよなあ、やってられねえよなあ、と相槌をうつ。
  • 営業マンの気持ちはアルコールのせいもあってやわらぐ。
  • 最終電車の時間がくると、話を聞いてくれてありがとうございます、といって帰ってゆく。
  • 翌朝、明るい表情で会社にあらわれる。
  • “飲みニケーション”は営業マンにとって痛みどめのモルヒネのようなものなのだ。

 “飲みニケーション”がないとあるタイプの企業のある部隊は成り立たない。

 ゆめゆめ好き嫌いで判断する勿れ。

コメンテータ:清水 佑三