人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
明学大野球部 復活にみるリーダー学
学業両立の選手 個別指導で鍛える
2008年2月14日 日経産業新聞 朝刊 22面
記事概要
明治学院大学(以下、明学大)野球部は、首都大学野球リーグで15年ぶりの一部復帰を果たした。復帰の立て役者は、明学大野球部監督を05年8月から引き受けて指導にあたった元阪神タイガースの森山正義氏である。森山監督が就任以来とってきた方針は、38人の部員に「野球の面白さを改めて認識させるため、9つのポジション全部を練習させること」だった。「毎日同じ練習の繰り返しでは野球がつまらなくなってしまう」。結果として、選手が故障しにくくなった。ポジションの違うチームメートの気持ちをわかりあえるようになり、チームの一体感が増した。明学大は野球部に限らず学業優先で、全体練習がうまくできない。それを逆手にとって、バラバラにグランドに現れる選手につきっきりになって「マンツーマン指導」を多くした。結果として、個々の選手の能力を伸ばすことにつながった。「スポーツにおける組織と人材育成」研究会を主宰している三菱総合研究所(以下、三菱総研)の佐々木康浩主席研究員は、「組織が成果をあげるには個々のメンバーよりも、チームとしての一体感を高める方が有効」「森山監督は選手とのコミュニケーションと個別指導を重視しチームの一体感と個別育成を両立させた」と語る。(長島芳明)
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
スポーツチームを強くした監督には必ず「何か」がある
コメンテータ:清水 佑三
森山正義氏が明学大野球部監督に就任してからの戦績が記事に付記されている。
この戦歴だけでは、日経産業新聞が明学大野球部の森山正義氏をとりあげて、「リーダー学」の記事に仕立てようと思った理由がよく見えない。
他の首都大学野球リーグ加盟校と明学大との違いに注目するべきだ。明学大野球部が背負っているハンディキャップがいかに凄いか。その中での優勝である。
(部員の数と質)
38人しか野球部員がいない。しかも、明学大はスポーツ選手枠の推薦入学を認めていない。学力が一定以上ないと入学できない。甲子園常連校の選手を探しても一人もいない。東大野球部と同じような感じだ。部員数100余、石を投げれば甲子園経験者にあたる他校野球部と同列に語れない。
明学大野球部の首都大学リーグ一部昇格は、東大野球部が東京六大学リーグで優勝するような話なのだ。それを成し遂げた監督がここにいる、という視点が大事だ。
(授業のある日は全体練習ができない)
平日、選手は授業の合間を縫って、グランドに姿を見せる。選手によってグランドに来る時間がバラバラである。チームスポーツ強化にとって致命的なハンディである。フォーメーションプレーの練習をしたくてもできない。
普通に考えれば、全体練習を繰り返すチームと力の差が生じるのは当たり前だ。バックホーム、バックサードのような中継、ダブルプレー、盗塁阻止、けん制刺殺など全体練習形式でなければできないことが野球には多い。
(部員の関心は合コン)
落下傘的に就任した監督のすべてがぶつかる壁がある。チーム力強化を第一に考える監督の問題意識と、選手の関心と大きくずれていて、話が噛みあわないことだ。
首都大学リーグに限らず、一部で優勝を繰り返すチームの選手の関心は、レギュラーで活躍したいの一点である。関心は合コンといわれると監督は拍子抜けしてしまう。楽天に落下傘した野村克也氏が嘆いたのも同じ。
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森山監督がとったチーム強化戦略
森山監督はピンチをチャンスとみた。上にあげたハンディキャップを、それぞれ武器にしようと考えた。並の発想法ではない。優れたリーダーに共通する発想である。「ピンチをチャンスに変える」力が彼にはある。
(38人しかいない、ならば損耗率をゼロにする)
高校生や大学生の体は成長期にある。特定の部位に負荷をかけすぎると壊してしまう。全筋肉にバランスよく負荷をかけて、体を鍛えていかないといけない。特に、体を傷めやすいのが投手だ。毎日、200球以上ブルペンで投げさせる大学野球部もある。投手をシステマチックに壊しているようなもの。
森山監督は、個々の選手に9つのポジション全部の練習をさせた。ジョブ・ローテーションである。この結果、体がバランス良く発達し、故障しにくくなった。副産物もある。それぞれのポジションに就く選手が感じる“冥利と悲哀”を体験学習できた。失敗した選手のいたわりはそこから生まれる。
(全体練習が出来ない日は個別指導)
森山正義氏は、大学公式戦通算26ホームランという赫々たる勲章をもっている。阪神タイガースにはドラフト二位で入団した。しかし、8年の二軍生活でついに一軍にはあがれなかった。8年の二軍生活の間、たくさんのコーチから個別指導を受けた。上手な指導をするコーチとその反対のコーチがいる。
この経験が生かされた。神奈川県の公立高校を出た一人の選手は「監督の指導を受けたことで、こうすればうまくなれるという確信のようなものができた」と話す。
森山監督はいう。「漫然と全体練習をいくら重ねても中以下の選手は伸びない。むしろ、個々に指導した方が、そのクラスの選手の能力は伸びる。」
三菱総研「スポーツにおける組織と人材育成」研究会のメンバーである魚住剛一郎主任研究員は、
「今の若者は打たれ弱い。いきなり現場に放り込むと、挫折し、立ち直れなくなることが多い。森山監督が選手一人ひとりの長所と短所を見極めたうえで、その選手にあった練習メニューを考案して、つきっきりで指導したやりかたは、今の若者を鍛える上で参考になる。」
と語る。
(部員の関心は合コン、ならば)
東京六大学野球で未踏の48勝をあげた元住友金属和歌山監督の山中正竹氏から面白い話を聞いたことがある。
「住金和歌山の監督に就任して、選手の負け犬意識の強さには参りました。それを払拭するために、強豪チームを選んでは練習試合を続けました。やってみると同じ人間どうしです。結構、勝ったり負けたりする。なあんだ、という気持ちが選手の間に浸透しはじめた。コンプレックスがだんだんとれていったのですね。」
野球部員が、心ここにあらずの場合、監督としてどうすればよいか。森山監督は、野球の話をしない、という方針をとった。ともかくみんなと会食する。メシを食えば、中には本音をいう人間も出てくる。
ある部員の関心が合コンにあると知り、合コンについて自分の経験を話したりした。やがて、部員の間から「今度の監督さんは雲の上の人じゃない。我々と同じ目線をもった人だ。」の声がではじめた。
元プロ野球選手という高い垣根がとれていったのである。
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この記事は、人が人を鍛える事象、それを通してチームを強化する事象の本質に対して鋭い洞察がある。長島芳明記者がいいたかったであろうことを、あらためて箇条書きにして、この稿を終えたい。