人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

東北大学
新人事制度 「優秀教授」認定
手当上乗せ 人材確保へ学外招致も

2008年2月1日 河北新報 朝刊 3面

記事概要

 大学間の競争力を高めるため、東北大学は、優れた業績をあげた教授を、「ディスティングイッシュトプロフェッサー(優秀教授)」に認定し、現行給与に月額10万円から最高20万円までの手当を上乗せする新制度を今年の4月から導入することを決めた。特定教授の業績を表彰し、処遇に反映させる制度は海外の大学においてよくみられるが日本では未聞。東北大学によれば、退職者に「特別栄誉教授」の称号と年間100万円を支給する東京大学のような制度はあっても、現職教授を対象にこうした試みが行われるのは初めてという。認定者の数は、全学の教授821人のうち、3%にあたる25人程度を見込む。認定を行うのは外部の識者及び学内の教育、研究を担当する理事からなる選考委員会で、各部局長から推薦があった教授の中から審査して決める。審査基準は、教育、研究、社会貢献などの分野において、大学の評価を向上させ、かつ先導的な役割を担う教授。認定された場合、原則3年の任期となる。こうした処遇で優秀な人材の確保を図るとともに学外からの優秀者の招致を期待している。

文責:清水 佑三

三つの点で「?」がつく新制度

 東北大学は、井上明久総長が掲げる「戦略実行プラン」に基づき、従来の国立大学の枠を打ち破る人事施策を次々と打ち出している。

 昨年12月から導入した「賞与制度」改革では、従来の資格等級による横並び一律の支給をやめ、業績評価によって、同一等級で上下25%、最大で50%の差が生じる「賞与査定制度」を取り入れた。対象となるのは、教授陣で、役員、部局長ら幹部クラス40人。

 さらに教授陣だけでなく、2009年度からは対象を広げ、大学職員にも「賞与査定制度」の適用を予定している。より専門性の高い職員を育成するためだ。人事労務担当の折原守理事は「国立大学も一律に待遇が保障される時代ではない。(制度改革を通して)教職員一人一人の意識改革を促したい。」としている。

 筆者は、記事にある新制度を職員に対する制度として肯定する。しかし、競争力のある研究分野の教授に対する制度としては「焼け石に水」という印象をもっている。三つの理由をあげる。

(年収120万増では世界的研究者はひきとめられない)

 2007年9月、トヨタの米国における販売を37年にわたって携わったジェームズ・プレス本社専務兼北米トヨタ社長(当時)がトヨタを退職し、米クライスラーの副会長兼社長に就任し、大きな話題となった。トヨタ首脳は、「社長よりも高い一億円の年収を提示したのに…」とため息をついたといわれる。

 それに対して、外資系自動車メーカーの幹部は、「トヨタの国際感覚の欠如をこれくらい象徴している話はない、アメリカの実力経営者の水準から言えば、年収1億円はとてつもなく安い。この程度でつなぎとめられると思っていたとしたら、甘い。」と切り捨てた。(この項、『選択』2008.2月号)

 同じことが大学内の世界的研究者についても言える。

 記憶に新しいところでは、京都大学の幹細胞生物学の山中伸弥教授をあげていいだろう。彼は、仲間とともに、人間の皮膚細胞から、さまざまな臓器・組織の細胞になる能力を秘めたいわゆる「万能細胞」を作りだすことに成功し、大きな注目を浴びた。

 生命倫理上問題があるとされた、卵子の遺伝子を使わずに万能細胞を作成したことが最大のポイントで、人とマウスの両方で作成に成功したという。

 山中伸弥教授がトヨタのジェームズ・プレス氏とならない保障はどこにもない。

 多国籍製薬メーカーは、ことによると世界水準の年収と研究環境を用意して、山中氏にアプローチしているかもしれない。仮に京都大学が東北大学の新制度をならって、彼の業績を評価し、年120万円の手当をつけたとしよう。外国製薬メーカーのオファーとは多分比べるべくもない。

 東北大学の「ひきとめ手当」は、日本国内での流動化には有効かもしれないが、先端研究における国際的な人材流動化市場では、有効でないとみる。中日の福留考介選手を取りたがった読売巨人軍が、メジャーチームの巨額のオファーを知って獲得合戦から撤退したのも似た構造。

(部局長からの推薦は「?」)

 日本企業の管理職登用問題にかかわらせて戴いてつくづく感じるのは、「現場部署長の推薦」という登用基準がもつ面妖さである。

 現場のメンバーをアセスメントして、マネジメントという視点でピカイチの若手が仮にいたとしよう。彼の手に部署の采配を委ねれば、少なくとも現状の二倍の部署生産性を確保できる、我々はアセスメントの結果からそう判断して彼をマネジャーに登用すべしと建言する。

 ところが、彼はまだ若く、職能資格等級上のランクが低い。現場部署長の推薦条件を満たさない。まだ5年は早いですよ、と人事担当者は言う。こういうことはしょっちゅうだ。

 大学で国際的に活躍をする若手研究者において同じことが起こりうる。どんなに優秀であっても、部局内の内規なようなものから推薦されない。従来の秩序感覚になじまないからだ。

 自分の力を発揮するために、より影響力のあるポストにつきたい、は優れた若手に共通する思いだ。ところが、そこに「現場部署長の推薦」という一項が立ちはだかる。国会議員において、当選何回という事実が大臣ポストに就かせないというのと同じ。優秀なのに滞留を余儀なくされる。勿体ない。

(教育、社会貢献は客観的な評価軸をつくれない)

 記事中の文章をそのまま引用してみよう。

…ディスティングイッシュトプロフェッサー(という資格)は、教育、研究、社会貢献などの分野で大学の評価を向上させ、先導的な役割を担う教授に付与される。

 研究成果は、国際的な学術誌に発表され、多くの注目を浴びることで、大学の評価を向上させた度合いを一定程度推測できる。市場価値がある程度わかる。

 問題は、教育、社会貢献という分野での業績だ。程度の低い学生に甘い点をつけるがゆえに人気が高い教職者は、学内生徒の入れ札的評価法で「教育」で高い得点を得る。その得点の高さが、大学の評価を向上させるか。反対だろう。

 逆に、程度の高い講座の質を維持し、少数であっても松下村塾のように社会に優秀人材を輩出する研究室の教授は、多くの平均的学生からは厳しい姿勢を求められるがゆえに疎まれる。学内生徒の入れ札では下位に来て「教育」で低い得点となる。大学の評価を向上させているのに、である。

 社会貢献によるランキングづくりはさらにわかりにくい。人の価値観によって、誰が上にくるか、が変わるからだ。背の高さ、脚の速さのように客観的測定になじまない。誰を選んでもその反対の価値観をもつグループから批判がでる。仕方がないので、主要価値観を持ち回りのようして、毎年、転がさざるを得ない。

***

 じゃあ、どうすればよいか。

 市場性の高い先端分野の研究において、特に秀でた業績をあげた教授に限定して、フレックスボーナスを出せばよい。それも現行の年収を基準に考えてはダメだ。国際的な相場を勘案してボーナスの額をそのつど決める。任期は設けない。原則、その場限り。

 候補者選びと審査は外国のサーチ会社に委ねたほうがよい。信じられない市場価格の提案が出るだろう。本気でひきとめたい場合は、それを払うべきだ。国立大学だからそれは無理、というのではこの話は進まない。

 それが国際的な優秀者の人材確保の基本である。チョビチョビやっても仕様がない。

コメンテータ:清水 佑三