人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本マクドナルド
東京地裁判決 「マック店長は非管理職」残業代支払い命令
「外食」以外も根深く

2008年1月29日 産経新聞 朝刊 3面

記事概要

 日本マクドナルド(以下、マック)が、直営店店長を管理職として扱い、残業代などを支払わないのは違法として、同社の埼玉県内の直営店店長高野広志さんが、同社に未払い残業代750万円その他600万円の支払いを東京地裁に求めた訴訟の判決が、28日にあった。斉藤巌裁判官は「マック店長は非管理職にあたる」として、請求のあった残業代についてほぼ請求どおり750万円の支払いを命じた。この訴訟では、マックの直営店店長が、労働基準法で残業代支払いの対象外となる「管理監督者」に当たるか否かが争われた。斉藤裁判官は、「マックの店長の権限は店舗内に限られ、企業経営上、重要な職務と権限は与えられていない」と判断。また自身の労働時間についても、自分の裁量で決めているというよりも立場上、「長時間労働を余儀なくされている」とみて、管理監督者には当たらないと結論づけた。マックは約1700人の直営店長を抱えており、この判決が経営に与えるインパクトは少なくない。外食産業など多店舗展開を行っている多くの業界でも、店長への残業代未払いが問題となっており、一石を投じる判決となりそうだ。

文責:清水 佑三

会社側の視点からみた「マック判決」

 マック店長は非管理職という判決が東京地裁であったあと、当社の連載コラム『人事部長からの質問』に早速、以下の質問が寄せられた。外食産業ではないが、多店舗展開をする小売チェーンのコーポレートスタッフの方からの質問だ。

…当社もチェーンストアを生業とする企業で、マック社の事例は他人事ではないと感じています。報道で伝えられているマック社の店長ほど処遇面でひどくないにしろ、当社も店長=管理職と位置づけており、早朝から一番最後まで店にいて、時間的制約と精神的圧迫はかなりのものがあるのかな、とはたでみていて感じます。店長のみなさんが頑張れるのも、その先にあるエリアマネジャー、ゾーンマネジャーへの昇進が動機になっているのでしょうか。しかし今の店長の処遇だと下から見て魅力あるものにも思えず、店舗のみなさんが店長にならなくていい、という志の低いレベルでとまってしまいそうで怖いです。管理職=店長であるならば、それにふさわしい処遇を、そうでないならば正しい残業代を、でしょうか?

 多店舗展開をする小売チェーンの心ある社員がみな感じている「モヤモヤ」が表に出てきたという感じだ。つづめていえば、多店舗小売企業の多くが店長職に負荷をかけすぎ、それに対する正当な対価を支払っていないのでは、という疑問だろう。

 少なくとも、自社においては、店長は貧乏くじを引いている。やがて夜明けが来てよい地位と待遇が得られると自分に言い聞かせて我慢に我慢を重ねているのでは、と質問者は見ている。

 筆者が見るところ、これは多店舗ビジネスの店長だけの問題ではない。業界に関係なく多くの会社において、総合職や下位管理職にはマック店長と同じ労働法規的にみてグレーゾーン的な部分がある。

 朝日新聞は、マック報道にふれて「偽装管理職」という言葉を使っている。まあ、そんなところか。

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「管理監督者」の定義が問題

 裁判では「管理監督者」とは何かが争いの焦点になった。なぜか。労働基準法(以下、労基法)41条につぎのような条文があるからだ。

(「管理監督者」と残業代)

  • 監督や管理の地位にある者は、労働時間や休憩、休日に関する法の規定を適用しない。

 つまり、会社がある職務にある者を「管理監督者」と認識すれば、その者の時間外労働や休日勤務の割り増し賃金の支払い義務を逃れることができる。

 それでは労基法は「管理監督者」をどう定義しているか。

(労基法のいう「管理監督者」)

  • 管理監督者とは、経営や労務管理について経営者と一体的な立場にある。
  • (自らの勤務時間について)自由裁量がある。
  • 職務の重要性に見合う手当が支給されている。

 法律の条文は、よくわからない文言が多い。それによって自らの世界の権威を保っている点で、医師の世界とよく似ている。

 特にわからないのは、「管理監督者とは、経営や労務管理について経営者と一体的な立場にある」というくだりだ。具体的に何を意味するのか。

 NHKテレビは、マック報道にふれて、「中小企業では(この判決を基準にすれば)社長以外、管理職はいなくなってしまう」という判決への批判(町の声)を紹介した。

 「マックの店長の権限は店舗内に限られ、企業経営上、重要な職務と権限は与えられていない」ゆえに、経営や労務管理について経営者と一体的な立場とは言えない、との東京地裁判決は、全店長=非管理職説を提示したのと同じ。もっといえば、あらゆる企業において、ある部署の管理監督を任せている者はすべて管理職にあらずとなる。

 どこからみても常識的とは言えない。

 以上は、経営側の視点での判決批判である。(自らの勤務時間について)自由裁量がない、職務の重要性に見合う手当が支給されていない、についての地裁判断は妥当とみる。

 労働側の視点で、この判決をどうみるか。

 労働法の浜村彰法政大学教授は、今回の地裁判決に対して(記事中)次のようにコメントしている。

…『店長』という名称にとらわれず、職務内容と勤務実態を踏まえた妥当な判決だ。今回のケースが認められないと、こうした立場の人々のサービス残業が合法化されることになってしまう。全国チェーンの店長は大体同じ形態で勤務しており、非常に影響力のある判決だ。

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 厚労省の見解を朝日が伝えている。

…「(店長問題の)違法性は、ケース・バイ・ケースで判断するしかない」

 この意味を忖度すれば、

  • 自らの勤務時間について自由裁量があり、
  • 職務の重要性や勤務時間に見合う手当が支給されていれば、

 店長を管理職とみることができる、ということだろう。

 ここから偽装管理職の謗りを受けないための仮説を導くことができる。

1 管理職として扱う場合は、経営との意思疎通(対話機会の確保)を条件とする。
2 勤務実態、職務の重要性に応じて、社会的にみて十分な対価を払う。
3 出社、退社時間を含め、勤務時間について大幅な自由度を認める。

 以上が保障できないのであれば、「労働時間や休憩、休日に関する法の規定を適用しない」原則を適用してはならない。

 対価を払うためには、会社の体力が必要だ。付加価値創出が十分になされていなければ法令遵守コストに耐えられない。

 社員や管理職のサービス残業を利益創出のリソースとしている企業は、法令遵守の時流によって、今後すべからく淘汰されるとみる。多店舗チェーンだけの問題ではない。

コメンテータ:清水 佑三