人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
NHK
「株取引」勤務中は2人 過去の不正分からず
説明ちぐはぐ 回答の正確性どう担保
2008年1月23日 東京新聞 朝刊 15面
記事概要
NHKは、職員のインサイダー取引疑惑という“緊急事態”を受けて、18日から21日までに職員への一斉聞き取り調査を行い、その結果を22日、発表した。それによれば、既に報道されている3名のほか、新たに、勤務時間中株の売買を行っている職員が2名いた。いずれもインサイダー取引ではなかった(という)。最大関心事であるインサイダー情報に接する機会が多い経済部記者がこの一年間に何人株取引を行ったかに対しては、記者が厳しく追求したが、明確な説明は最後までなされなかった。調査は管理職が部下に対して聞き取る形式であるため、経済部長が所属部員に聞き取りをしていることは間違いない。何人が取引をしていたか、把握できていない筈はない。数字を示せなかったことは、意図的に伏せたともとりうる。今回の調査は、職員本人の自己申告が基本。どのような工夫で「うそをつかず正直に答えさせた」かがポイントだ。それについては「プライベートな面もあるので…」とNHK側は口を濁した。NHKの広瀬純一広報局長は「自己申告以上のものではないのはそのとおり。しかし金曜の夕方から月曜の夕方までにやった調査の回答率が99.5%だったのは、事の重大性を認識していることのあらわれだと思う。」と理解を求めた。これで視聴者が納得できるかは不透明だ。(小田克也、安食美智子)
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
火のないところに煙は立たぬ、に立ち返るべし
コメンテータ:清水 佑三
記者のいらだちが、これでもか、これでもかと伝わってくる記事。次のようなくだりがある。
…この一年で株取引をしたNHK職員は、522人いることがこの調査で分かった。この中に家族を含めて株取引を規制している経済部記者がいるかどうか、NHK側は「把握できていない、僕らは詳細な数字をもらっていない」などと述べるにとどまった。
…この点については記者団からも「経済部の記者がいるかどうか、分からない筈はない」と厳しく追求されたが、明確な説明は最後までなかった。
…(一方)就業規則に反して勤務時間中に株取引を行ったことを認めた職員2人の職種については、NHK側は当初、「控えさせてほしい」「確認中」などと言葉を濁していたが、記者団から突っ込まれると、一転して、「一人は地方局の副部長で庶務担当」などと詳細を明らかにするちぐはぐぶりだった。
会見に臨んだ小田、安食記者には、NHK経済部記者の中に(この一年の間に)株取引をしているものがいた、という直観がある。もう一押しというところで押し返された無念が筆致に滲む。
NHKが仮にその事実を認めたとしよう。週刊誌を含むジャーナリズムは一斉に動いて、それは誰だ、となるのは必定だ。NHKは伏魔殿と化す。
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筆者の興味は、小田、安食記者が指摘する「回答の正確性を担保できなければ調査は意味がない」というコメントにある。そのとおりだと思う。
司法権を持たない民間企業の調査委員会が、コンプライアンス問題で、どうすれば正確性を担保する調査ができるか。そのあたりについて考察を加えてみたい。いくつかの原理原則があるだろう。
(司法取引的アプローチ)
司法取引とは、判例主義をとる英米において根付いている被告人と検察とでなされる取引をいう。被告人が仲間を裏切り、情報提供して捜査に協力する見返りに、自身の刑の軽減または罪状の取り下げを行うことを意味する。
経済部記者数名が「インサイダークラブ」を作って、相互に情報交換し、それぞれがインサイダー株取引を行っているとしよう。クラブメンバーの一人が、調査委員会に対してクラブの全容をばらす、それが司法取引的アプローチのイメージだ。ばらした者は会社から罪一等を減じられる。
社内にひとつの噂を流す。司法取引みたいなことが今回はあるんだってよ、でよい。
(公益通報者保護法的アプローチ)
公益通報者保護法といってもわかりにくい。いわゆるタレコミの奨励法である。
組織内の違法、不正を外部にばらした者は、通常は組織の裏切り者として扱われ、発覚するとみせしめのために手ひどい扱いを受ける。
こうした現実を放置すれば、高い壁に阻まれて世間からは見えにくい組織内部はアンタッチャブルの無法地帯になってしまう。
英米では、コンプライアンス概念の浸透とともに、タレコミを奨励する法律の必要性が叫ばれ、内部告発者保護法が1990年近辺で制定された。日本でも2004年にこれに習った法律ができた。
経済部の誰もがうすうすと感じている某記者の「悪い噂」をうまく吸い上げるための工夫が必要だ。吸い上げられれば、ターゲットを絞って詳細な調査を進められる。ある段階で、検察、警察に引き継げばよい。
社内にひとつの噂を流す。タレコミすると昇進するんだってよ、でよい。会社はタレコミを行った者を現実に昇進させ、陰に陽に守らねばならない。それがないと二度と使えない手になる。
(ファクト・ファインディング・インタビュー的アプローチ)
上の二つは当事者以外からの情報提供を促すアプローチであるが、これは直接当事者にぶつかってゆくアプローチだ。上に比べ、目的達成という点で最も分が悪いアプローチである。
ファクト・ファインディング・インタビューといってもわかりにくい。新聞記者が、ターゲットを取材するときに意識せずにやっている面談法である。司法警察官が取り調べで常用している対話法でもある。
調査委員会は、このタイプの面談ができるプロを雇い、経済部記者全員を対象に聞き取り調査を行う。
この聞き取り調査の最終目的は違法な行為があったことを自白させることではない。それはしたくても現実にできない。目の前の人がコストをかけるべき調査ターゲットかそうでないかの判断をするためだ。つづめていえば、ウソつきか、ウソつきでないかを面談を通して「鑑定する」ことが狙いだ。
人によってなされるウソ発見器の効用と思ってもらえればよい。
もしウソつきだと「鑑定」されたら、状況証拠を集める周辺調査を進め、ある段階から検察、警察にバトンタッチする。
質問は「株をもっているか」「家族を含めてこの一年間で株取引をしたことがあるか」でよい。それについて語ったことを掘り下げてゆけばよい。ウソをついている人とそうでない人に事実として分かれる。
筆者の経験から、ウソを平気でつける人の面談時に受ける印象を書く。面談していて次のような印象を受けた場合、要注意の人だ。
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タレコミにしても、ウソ発見器にしても、特定の人をあぶりだす手段だ。その後に状況証拠を集め司法権をもつ機関に委ねる道しか調査委員会としてはとりえない。
その理由は、多数の人への聞き取り調査は、あくまで自己申告であって、国会の証人喚問のような偽証罪を適用できないからだ。また同じ組織に帰属する職員どうしが、疑いを先にもって対話することは組織の空気を乱して禍根を残すからだ。
記事に触発され、司法権を持たない民間企業の調査委員会が、コンプライアンス問題で、どうすれば正確性を担保する社内調査ができるかについて考えてみた。
結論をいえば、火のないところに煙は立たぬ、の古言に行き着く。火の見やぐらをどう恒常的にもつかが大事で、泥縄ヒアリングは不信用を増幅する効用しかない。