人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
三井化学
部長級以上の考課制度
環境・CSR活動人事評価に反映 経済性合わせ3つの軸
2008年1月8日 日経産業新聞 朝刊 22面
記事概要
三井化学は昨年2月、2015年ごろまでの長期経営目標を策定した。長期経営目標は、収益などの「経済軸」、温暖化対策などの「環境軸」、コンプライアンスの徹底などの「社会軸」の3つの角度から設定され、それを各年度の部門別目標に落とし込ませてゆく仕組みだ。それに伴い、部長クラス以上に対して、その3つの軸の年度目標達成度を評価して給与や賞与に反映させる新人事制度を導入した。「環境やCSRを無視した経営はもはやできない。3つの角度のバランスが重要。」「収益創出と環境対策は時として相反する結果になる。そのバランスを考える姿勢を社内に定着させたい。」と新人事制度の狙いを藤吉健二社長は説明する。具体的には、年度の初めに部門計画を組む際に、各部門に利益目標のほか、温暖化ガスの削減目標、コンプライアンスの遵守目標などの計画の提出を求める。計画作成時は、担当役員と部長が話し合い、個々の部の「経済軸」「環境軸」「社会軸」のウエートのかけかたを調整する。石化製品などの生産部門であれば「環境軸」のウエートは高くなるが、法務部門では「環境軸」のウエートはゼロになる。一年間、その達成に向けて努力を求める。翌年の4〜5月に部門ごとの目標達成度や行動の評価を行い、部長クラス以上の賞与、昇給等の考課にそれを反映させようというもの。産業界で環境・CSRへの取り組みの強化を図る企業は多いが、人事評価に直結させる試みは珍しい。(堀直樹)
文責:清水 佑三
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評価制度における「環境軸」と「社会軸」とは?
コメンテータ:清水 佑三
記事中、二人の事業部長が担当役員に提出した「環境軸」と「社会軸」の目標(=業績評価)シートへの記述事例が紹介されている。利益創出=「経済軸」に加えてどういう価値獲得が狙われているか、一定程度の理解が得られると思うので、引用する。
(石油化学部門/「環境軸」)
目標…担当製品の製造過程での炭酸ガス排出量を年間10%削減する。
具体策…(1)生産現場でのプロセスを改善する。(2)(目標達成を睨みながら)投融資の決裁時期を決める。
(機能材料部門/「社会軸」)
目標…関連会社のコンプライアンス(法令遵守)体制を強化する。
具体策…所管の関連会社の管理規定を見直し、定期的な意見交換や監査の仕組みを構築する。
「環境軸」が二酸化炭素など環境負荷の削減を目指す国家間の取り組み(京都議定書等)を受けて、個別企業の努力・貢献を目指していることは理解できる。企業の社会的責任(CSR)の一つとして二酸化炭素の排出削減だけでなく公害につながる危険な産業廃棄物の排出を極力削減する、は当然の義務であろう。
「社会軸」はどうか。この記事では、「社会軸」イコール「企業の社会的責任」(以下CSR)として位置づけられており、具体例としてコンプライアンスと地域貢献があげられている。「環境軸」のわかりやすさに比べて今一つ抽象的でわかりにくい。
達成すべきゴールを目に見える数値によって表現する、という目標管理の鉄則から言えば、上にあげられている目標シートの記述は、隔靴掻痒の感は免れない。
わかりやすい「環境軸」の議論はさておいて、三井化学の人事改革の試みでも、今いちわかりにくい「CSR」とはそも何をいうのか、概念整理を行いたい。企業に「CSR」を求める社会のうねりがどのような背景をもとに生まれてきたのか、知りたい。
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CSRの歩みと概念
CSRには、歴史的な流れがある。企業内の労働問題に対して、一次大戦後に国際連盟の一機構として発足したILO(国際労働機関)が個別企業に対して果たしてきた労使問題上の役割と同様の役割を、環境、雇用創出、品質、公正取引等幅広い分野に対して国連が担おうという動きが、CSRの源流になっている。この動きは「グローバル・コンパクト(以下GC)」という名前で呼ばれる。
GCは、1999年1月末に開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)の席上、コフィー・アナン国連事務総長によって初めて提唱されたもので、各国の指導的企業のリーダーに対する国際的なイニシアチブの枠組みをいう。
ダボス会議での各国指導者の理解と共感を背景に、GCは翌年2000年7月にニューヨークの国連本部で正式に国連の下部機関として発足し、人権、労働基準、環境、腐敗防止等に関する10原則を定義した。
今の日本で社会通念として定着している“CSR”は、GCのガイドラインに加えて、企業がかかわりをもつすべてのステーク・ホルダーに対する“must be”、“should be”リストがすべて網羅されていると思ってよい。
具体的には、
などが含まれる。
三井化学の人事評価制度における「環境軸」の設定は、上のリストの第一項に対応している。問題は「社会軸」の設定である。
環境以外のすべてを視野に入れると守備範囲が広くなりすぎる。また、目標設定において定量化しにくいものが多い。評価制度としてなじむのかどうか、という問題が生まれる。
記事中、この点について次のような記述がある。
…三井化学は、新制度を導入した07年度は試行段階として位置付けており、社内の反応を聞き問題点などを抽出した上で08年度以降に手直しを加えてゆく考えだ。
確かに、ある部門長が、目標シートに
目標…関連会社のコンプライアンス(法令遵守)体制を強化する。
具体策…所管の関連会社の管理規定を見直し、定期的な意見交換や監査の仕組みの構築。
と書いても、成果の保障のイメージがわかない。具体的に測れるもので目標を定義しないと、目標達成を担保することはできない。
以下、「社会軸」を具体的に測れるもので定義する試みについて、筆者による簡単なデッサンを書いておきたい。
納税
法令遵守
雇用創出
安全衛生・人権・健康
防災・環境美化・治安
品質
公正取引
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三井化学の人事担当常務の得丸洋氏は、堀直樹記者に対して次のように述べている。共感するので付記しておきたい。
…理想型は人事評価制度で意識づけすることではない。社員が日常業務の中で「経済」「環境」「社会」の三軸のバランスを意識して行動することだ。社員にその意識が浸透すれば、3軸のような考えもいずれ必要なくなる。
評価制度とは何か、についての至言である。
適切行動を習慣化させるための「仕掛け」「ワナ」が評価制度なのである。制度によって行動変容が促され、それが習慣として根付き、一つの企業文化になれば、良き伝統に化ける。最初のアクセルの役割を人事制度改革は負うのだ。