人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
トヨタ
30万人のチームワーク 徹底議論、競争力の源に
2007年12月25日 日本経済新聞 朝刊 11面
記事概要
1990年代後半、トヨタは「個の重視」を旗印に「その道のプロ」を育成する方向に会社の舵を切った。25〜30歳の事務・技術部門の社員を「専門職」と位置づけて仕事を固定した上で、報酬制度も「その道のプロ」度を色濃く反映させるものとした。それから10年、トヨタは再度、大きく会社の舵を切りなおした。2007年の7月、「専門職」制度を廃止し、代りに「指導職・準指導職」という新たな資格を設けたのである。指導職(準指導職)にある者に、後輩の指導を義務づける。育成の目標を具体的に設定し、どこまで目標を達成したかで、報酬も変える。人事部長の宮崎直樹は、新制度導入の理由を「教えたり、教えられたりというトヨタのよき伝統が薄れていた」と説明する。こうした舵きりの背景にはトヨタが置かれた環境が10年前と比べてけた違いに複雑化している事実がある。地球温暖化への対応、新興国企業との競争など「その道のプロ」が専門性に閉じこもっていては解決の糸口さえ掴めない難題が山積している。その解決には部門の壁を超えた縦、横、斜めの対話が必要だ。30万人のチームワークを目指してトヨタの壮大な取り組みが始まった。
文責:清水 佑三
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仲良くケンカする、は言い得て妙。
コメンテータ:清水 佑三
「トヨタが超える 新しい常識」と題された日経のシリーズ企画の第5(最終)回の紙面を取り上げた。参考までに前4回の記事見出しと主要な訴えを要約してみる。
1 国内生産で中国生産に勝つ 世界最高の効率強みに
「国内工場で、世界で最も安くクルマを造る」。常識はずれの目標へトヨタは今ひた走る。対中国比8倍の人件費格差を埋める生産革新を日本国内で実現できれば、その生産ノウハウを既存の海外工場に移殖できる。逃げ水を追うようにして次の低人件費国を探し工場を作ろうとする自動車メーカー間の現状では「真の競争力」は身につかないと考えるからだ。この生産革新の鍵を握るのはロボットと人間が臨機応変で動く、ハイブリッド工場である。GMが挑んだ無人化工場の失敗を徹底研究して生まれたトヨタらしい着想である。
2 競争で磨く環境技術 先頭の風圧、開発加速
トヨタ社長の渡辺捷昭は「世界のあらゆる地域で環境対策のトップを目指す」と強調する。現実にトヨタの中国広州工場は、世界最高水準の循環型工場になりつつある。従来の鉄くずを固めて電炉や鋳物メーカーで溶解してきたやりかたをやめ、溶かす前に鉄くずをサイズごとに14種類に分類、それぞれまっすぐに延ばして再生する。それを電機メーカーに販売する。溶解に使うエネルギーが減り、炭酸ガスの排出量を大きく削減できる。日本国内の工場も負けていない。それぞれの工場が地道に環境技術のカイゼンを進めた結果、生産台数は2割増えたが、排出炭酸ガスを1割減少させることに成功した。
3 健康支援、対処から予防へ 成長持続へ医療費削減
トヨタ経営陣の脳裏には医療費や年金など「レガシー(負の遺産)コスト」の増大で経営の屋台骨を揺さぶられ続けている米ビッグスリーの姿がある。GMが米国内で払う医療費は一時、年間50億ドルを超えた。新車一台あたり1500ドルに相当する。渡辺社長は「対岸の火事とは考えていない」と言い切る。トヨタがとった戦略は、予防医療への大胆な投資である。そのために予防医療の重要性を説き続けている医師の岩田全充を安全推進部長にスカウトし、グループ家族22万人を対象に大規模な健康データベースの構築をスタートさせた。また、40億円かけて「健康支援センター」づくりに取り組もうとしている。自社の病院をもつ企業は多いが、予防のための「健康支援センター」をもつ企業はない。「病気になってからでは遅い」とトヨタはみる。
4 脱・新車依存の販売改革 金融・ITで囲い込み
今年のトヨタの10、11月の国内販売はそれぞれ6%増と、他社平均の伸びを上回った。それを支えたのはトヨタが打ち出した「下取り価格の1割アップ」作戦だった。トヨタファイナンスは、過去2年間の中古車オークション会場での取引データ200万件をつぶさに分析して、下取り価格を平均1割あげてもOK」と決断した。この作戦で、ローンの利用購入者が3割増えた。ITも脱・新車依存の販売改革に貢献しつつある。高級車「レクサス」の全車両には、タッチパネルを押すと、レクサス・オーナーズ・デスクにつながり「カーナビ」の使い方を人が懇切に教えてくれる端末が積載されている。これが機械的な操作を好まない比較的高齢な高級車オーナーの心をくすぐる。同時に次世代カーナビの開発に欠かせない貴重な情報入手にもつながる。カーナビを制するものが車を制するのだ。
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「トヨタが超える 新しい常識」シリーズは、トヨタがこれから力を入れて取り組もうとしているテーマがよくわかる好企画だ。
「30万人のチームワーク」と題された最終回のテーマは、社内での徹底議論を呼びかける人事改革の試みである。
記事中次のような面白い記述がある。(一部わかりやすくして)引用する。
(国道248号線問題)
…(トヨタが本社を置く愛知県)豊田市を南北に縦断する国道248号線の西側に工場など生産部門、東側に研究開発部門が立地する。両部門の間には片側二車線道路以上に大きな心理的距離があるとされる。
…西側の元町工場に建設中の生産技術棟にはその距離を埋めるためのアイデアが盛り込まれている。(道路を挟む)東西の技術者が共同で作業するスペースを大きく取ったのである。トヨタ幹部によれば、ここで「東西技術者を半ば強制的にひざ詰めで議論させる」。
(工場間で徹底議論する)
…各工場間の競争意識はトヨタ躍進の原動力だが、「各工場独自の流儀がノウハウの交流を阻んでいる」という指摘もあった。愛知県内の下山、上郷、田原の三工場は共通する品質管理問題20件を持ち寄った。議論を繰り返してそれぞれの問題についてコンセンサスを得た。これがエンジンの分担生産につながった。
(370チーム対抗駅伝大会)
…トヨタが今月二日に開いた社内の駅伝大会。国内外の370チームがタスキをつなぎ、2万5千人が応援した。若手社員は「ここ数ヶ月、毎週一日は練習に充ててきた」と話す。こうしたイベントを大切にするのは、チームの求心力をつけるだけでなく、こうしたイベントを通して、非公式の人間的ネットワークが形成され、それが競争力の源泉となると考えているからだ。
(顔見知りになって、仲良くケンカしよう)
…「トヨタほどお互いに顔見知りの多い大企業はない」と幹部は口を揃える。
…「仲良くケンカしよう」トヨタ社長の渡辺は社内で繰り返す。目指すのは連結30万人のチームワークだ。
以上の人事改革の発想を要約すれば、
個々の社員の専門性アップの試みが一定程度の成果をみた。次の課題は、それを連携・連結させて組織の成果とするネットワーク力の向上だ。
そのために「専門職」を「指導職」と捉えなおして、培った専門性を後輩、若手への移殖を積極的に推進して、ノウハウの共有化を図る。
同時に、「専門職」どうしをひざ詰めで徹底議論させる場を、会社が半ば強制的につくり、苦闘して生まれる知恵と勇気をもって「競争力の源泉」とする、
となろうか。
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渡辺捷昭社長の「仲良くケンカしよう」は言い得て妙だ。
「トヨタほどお互いに顔見知りの多い大企業はない」と自認する会社が、「仲良くケンカしよう」を実行に移したとしよう。競合他社に倍する総合エネルギーが引き出される。その理由は、
仲良くとは、シナジー(相乗性)を媒介にする活力の引き出し原理である。ケンカするとは、ダイナミズム(葛藤)を媒介にする活力の引き出し原理である。それぞれが、日米国民に固有な活力の引き出し方に対応していると思ってよい。
二つの活力の引き出し原理を、トヨタはうまくハイブリッドさせようとしている。バッティングしやすい二つの価値観を、時間にそって振り子のように往来させるのではなく、同時に並存させようとする。
トヨタイズムの真骨頂を見る思いがある。
産業革命後に生まれた会社文明の一つの高い頂きにトヨタはいま届こうとしているのではないか。