人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

三井住友銀行
来夏 一般職を廃止し「女性の活躍機会」を拡大
派遣社員2000人を正社員に

2007年12月17日 金融経済新聞 朝刊 3面

記事概要

 この十数年、国内金融機関は、不良債権処理に追われ、業務縮小路線をとらざるを得なかった。特に、公的資金を導入した大手行においてその傾向は顕著で、コスト削減のため、正社員の採用を極力抑え、派遣社員などの非正社員を大量活用してきた経緯がある。しかし、近年の業績回復に伴って、各行とも業務拡大路線に傾斜し、営業店舗間での優良個人客のとりあいが激しくなった。具体的には、資産運用や住宅ローンなどの専門的なコンサルティングができる優秀な窓口業務従事者をどれだけ持てるかが各行の課題になってきた。三井住友銀行はこうした流れを受け、営業店でオペレーション業務やアシスタント業務に従事しているグループ会社および派遣会社からの派遣社員約2000人を正社員化した上で、約5000人いる一般職と統合し、新たにビジネスキャリア職を来年夏(7月)をメドに新設することを決めた。従来は、一般職からは管理職への登用の道はなかったが、この制度改正によって、ビジネスキャリア職から管理職へ昇格することも可能になった。地域限定雇用の個人客担当業務従事者であるコンシューマーサービス職(CS)は従来どおり。今回の人事制度改正により、同行の職種区分は「総合職」「CS職」「ビジネスキャリア職」となり、それぞれキャリアアップができる仕組みとなった。

文責:清水 佑三

身分別採用から職務別採用への舵きり

総合職と一般職という区分

 国家公務員制度改革で、現行のT種、U種という採用時の試験名をひきずった固定的身分制度を廃止し、民間企業の多くがとっている総合職、一般職という二つの職種区分制度を導入しよう、という議論がある。

 総合職にしても一般職にしてもわかったようでわかりにくい言葉だ。英語に直すと余計わからなくなる。言葉だけではどういう仕事を担うのかイメージが浮かんで来ない。営業職、技術職、事務職などの職分定義とは異なった身分定義の色彩が強いからである。

 はじめに総合職、一般職について、簡単に概念整理をしておく。

(総合職)

  • 総合職は、仕事の目的、やりかた等を事前に定義できない裁量性の強い仕事をする正社員グループを指す。
  • 将来、管理職の任命がありうるとされる正社員グループでもある。
  • 管理職の基本的な要件は、リーダーシップ、マネジメントパワーの二つである。
  • リーダーシップは「与えられた部署」に勢いを与えて方向づける人間力の働き。
  • マネジメントパワーは「与えられた部署目標」を自らの采配で達成させる頭脳と意志の働き。
  • 管理職任用時まで、この二つの能力を身につけさせるために、会社は、総合職従事者をすぐれた多様な管理職のもとに一定期間ずつ預ける。ローテーション制度である。
  • 江戸時代のお店(たな)が丁稚ドンから名番頭を育ててゆく仕組みと基本的にはおなじだ。
  • 総合職者を預かった管理職は、力に応じて彼(女)に特定の管理権限を委譲し、管理職の仕事を少しずつさわらせてゆく。
  • ゆえに、総合職者の仕事は、あらかじめ定義することができない。何を権限委譲されるかわからないからだ。総合職採用時に、「可塑性=何にでも順応できる性格」と「学歴=学習能力」を求めるのはそれゆえである。
  • 管理職につけても大丈夫と会社がみた段階で、管理職登用試験を受けさせ、合格させて管理職の資格を与える。

(一般職)

  • 一般職は仕事の目的、やりかた等を事前に定義できる仕事をする正社員グループを指す。
  • 仕事の目的、やりかた等を事前定義できることから、正社員でなくてもやれる、の議論が出やすい。
  • お願いする仕事の性格上、勤務地を動かす理由に乏しく、職場に居つく。
  • 仕事がルーチンワーク性をもつために管理職に登用する理由にも乏しい。
  • 仕事の難易度、複雑性、貢献度に序列をつけにくいため、給与をあげてゆきにくい。
  • それらの理由から定型補助業務をする「お手伝いさん」的なイメージがつきまとう。
  • 有名大学出の才女が一般職で入りすぐやめると騒ぐのは総合職と対比しての「蔑視」ゆえだ。

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ビジネスキャリア職とは

 三井住友銀行の人事制度改革は、上に述べた一般職概念の破壊を狙っている。一般職と派遣社員を統合して新設するビジネスキャリア職について、記事中、次のような表現がある。

…ビジネスキャリア職には、窓口業務に従事する「オペレーションコース」と、本部や法人営業店業務に従事する「コーポレートコース」の2コースを設ける。

…それぞれのコースごとに研修を充実させ、プロフェッショナル化を進める。優秀者には課長などの管理職への登用を行ってゆく。

 制度改革の狙いをもうすこし絵解きしてみたい。

プロフェッショナル化

 ここで大事なことは「プロフェッショナル化」という言葉だ。窓口業務のプロフェッショナル化とは具体的にどういうことを指すのか。

 個人客がカウンターへ来ての資産運用の相談場面を考えてみる。こんな対話が従来のやりかただ。

(今までの窓口)

 客 退職金を近々手にするのですが、どういうふうにしたらよいかよくわからない。当面はそれを使わないでもやってゆけるので、上手な運用法に関心がある。

 窓口 当行ではリスクが少なくまた運用益が比較的多い「退職金運用パック」をご用意しています。それについて詳しく説明させていただきます。

 教えられたことを教えられたとおりにいう「説明ロボット」を窓口においている感じだ。親身な相談に乗ってあげる姿勢はない。イエスかノーかを迫ったといわれるシンガポールの山下奉文方面軍司令官のようなもの。

 それに対して、資産運用プロフェッショナルの対応はどうか。こんな対話がイメージできる。

(かくあるべしの窓口)

 客 退職金を近々手にするのですが、どういうふうにしたらよいかよくわからない。当面はそれを使わないでもやってゆけるので、上手な運用法に関心がある。

 窓口 失礼ですが、退職金の額をだいたいで結構ですので教えてください。それと私ども銀行のほか、どういうところにご相談されておられますか?

 客 退職金は大雑把ですが3千万です。一社だけですが証券会社の窓口に行きました。そこではいろいろな種類の証券投資について詳しく教えてくれました。

 窓口 それを聞かれてどんなふうに思われましたか?

 客 私は証券投資って今までやったことがないんです。友人たちが証券投資をやっているのを傍で見聞きしていて、うまくゆくときがある反面、長い目で見ると結局、損している人が多いんです。証券会社の窓口の人には個別銘柄を狙うんではなく投信インデックスをと言われたのですが、それも、個別銘柄をグループにしただけですから、同じような気がするんですね。怖いという気がしていますね。

 窓口 当面そのお金を使わないといわれましたが、年数でいうとどのくらいの期間を想定されておられますか?

 客 あと10年でしょうか。今まで勤めていた会社の孫会社で仕事をしていますが、高くない給料ですが、先方の会社からみれば私の仕事ぶりは重宝していると思うのですね。ほかの人にはちょっとできないと思うので、10年いたいといえば通るように思います。10年はそこで働けるとみています。

 窓口 そうですか。金額、期間、リスクへのお考えをお聞きしたので、具体案をいくつか作ることができるように思います。少しお時間をいただければ、いくつか具体案を用意してからご連絡をさしあげたいと思うのですがいかがでしょうか。

 客 そうしていただけると嬉しいですね。その時に一つだけお願いしたいことがあります。私は外貨というのが嫌いで、外貨での運用は省いてください。何となく怖い気がして仕方がないのです。

 窓口 よくわかりました。そのことを念頭において考えてみます。一週間もかからないと思うので、ご連絡をさしあげます。よろしいですか。

 客 お願いいたします。少しホッとしました。

 今までとこれから、のイメージの違いが多少は明確になったと思う。

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プロフェッショナル化への道筋

 プロフェッショナル化のキーワードを探ると二つある。一つ対話技術である。ファクトファインディング法と呼ばれるものが必要だ。司法警察官、機関投資家、アナリスト、新聞記者等が日常的に使う話術である。術であるから訓練可能である。

 もう一つのキーワードがある。ホスピタリティである。老舗旅館の名物おかみがもっているセンスである。相手が歓迎しない服装、態度、物腰、いいかたを自然に避けるセンスだ。センスなので教育不能。持っている人をみつける問題がある。

 この二つの資質をもつグループを一般職の人たちをアセスメントして弁別し、相談窓口におけばよい。

 彼らはごく自然で落ち着いた物腰で客と対話する。

 対話する相手が考えていることをうまく引き出して目の前にならべてゆく。上手にやれば、こうした対話を通して、見込み客として扱ってよいか、その逆かが浮かび上がってくる。

 見込み客として扱ってよいと判断できれば、こちら側は提案のための準備(=投資)をする。慣れてくると、見込み客のもつポテンシャルの大きさのようなものが見えてくる。銀行にとってのリターンの度合いである。かける時間と手間を相手のポテンシャルの大きさに応じてうまく配分すればよい。

 以上がプロフェッショナル化への道筋である。誰でもができるという世界ではない。プロフェッショナルとして成績を上げ続ければ、年収もそれに応じてあげてゆけばよい。

 さらに人を采配する資質をもつ人には管理職ポストを用意し、複数のビジネスキャリア職を束ねたチームのマネジメントを委ねてよい。

 一般職制度を廃止し、資質ある者に機会を与えることはよいことだ。彼らは強い向上意欲を隠し持っている。努力した見返りに高い報酬や地位、名誉が伴えばこんないいことはない。

 他方、ファイナンシャルプランニングができる知恵を持ち、人をそらさないホスピタリティをもつ人に定型補助型の仕事を任せるとしたら、その損失は測り知れない。

 三井住友銀行の人事制度改革は、ごくごく当たり前のことを当たり前にやり始めたという意味で評価できる。

コメンテータ:清水 佑三