人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
カネカ
内容は秘密…“ミステリー”新入社員研修
共通体験が育む人脈と折衝力
2007年12月12日 産経新聞(大阪) 夕刊 7面
記事概要
カネカが昭和62(1987)年からずっと続けているユニークな新人研修プログラムがある。どこに行くかを事前に知らされないミステリーツアーの研修版ともいうべきもので、研修を受ける新人たちは、どこで何をするか直前まで知らされないまま全員バスに乗せられ3泊4日の旅に出る。到着地で、新人たちは8人程度のグループに分けられ、グループ対抗オリエンテーリングを課せられる。コース地図上の数箇所のチェックポイントの通過目標時刻の精度を競うのである。コースは26キロの山道。踏破に6時間はかかる。携帯や時計等は、出発前にすべて没収され、スタートしたら、参加者の感覚で時刻を確認してゆく必要がある。平成16(2004)年入社だった生産技術研究部の小林正啓さんは次のように思い出を語る。「入社式後に55人が連れていかれたのは大阪府北部、能勢町のキャンプ場。言われていた“ハイテク”研修とは、はいつくばってテクテク歩くグループオリエンテーリングのことでした。我々のグループは、理系出身者がペットボトルと水を使って水時計を考案しました。文系メンバーが、地図を詳細に分析して、緻密な時間配分計画を練りました。こうした努力が功を奏して1位となりました。」「年配の社員と新人とがこの研修の熱き思い出を語りあって盛り上がる」と人事部の山本浩介さんは言う。ミステリー研修が同社社員の貴重な共通体験となっているのだ。(山田桂子)
文責:清水 佑三
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“ハイテク”にはよい研修がもつべき要件が全部ある
コメンテータ:清水 佑三
カネカの旧社名は鐘淵化学工業(鐘化)である。昭和24(1949)年、鐘淵紡績(鐘紡)の再建計画に伴って同社の非繊維事業が分離され鐘化が誕生した。
苛性ソーダ、搾油、石鹸、食用油、酵母、食品類、製紙、和紙、エナメル電線、化粧品、デンプン等、多岐多種類の事業を抱えて鐘化は出発した。選択と集中の反対のイメージである。
化粧品や石鹸事業は、鐘紡との間で出たり入ったりがあったが、最終的に鐘紡に売却された。現在のカネカは樹脂・高分子・発酵が三本柱。収益への貢献度という意味では、医薬・食品素材をあげてよい。
大ヒットサプルメント「カネカ・コエンザイムQ10」が有名だ。また、このところの海外展開には目を見張らせるものがある。
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記事にある“ハイテク”新人研修について、それがどういうものか紹介する。
(カネカの“ハイテク”導入研修)
この研修を通して次のような「気づき」を与えることができるとみる。
(違う考えや感じ方をもつ人との合意形成の難しさを知る)
臨時編成であってもひとたびグループが作られグループ間競技を課せられると、勝ちたいという思いが自然に募る。どうすれば勝てるか、研修前夜は、各グループでチェックポイントごとの「到着目標時刻」や「作戦」の議論に熱が入る。
いろいろな意見が出るだろう。どんなに多様な意見が出たとしても、ポイントごとの「到着目標時刻」は一つでなければならない。多様な意見を一本化しなければならない。
速度×時間=距離、はみんな分かっている。なだらかな道なら、地図上から距離が分かり、一人ひとりを歩かせての歩速から、所要時間は一定程度逆算できる。ところが相手は山道であり、ことはそう単純ではない。
なかなか「到着目標時刻」が一本化できない。みんなのイライラが募ってくる。グループワークの最大の狙いはこのイライラ創出だ。複数の人間がつくる葛藤の処理が求められるのである。
(時刻を知る方法は?)
携帯も時計も没収されている。オリエンテーリングをしながら、何らかの方法で時間測定ができないと(目標と実際の)乖離の補正ができない。誰か、原始時代の時計の知識をもっていないか。
みんなで歩きながら歌を歌おう。一曲歌い終わるのに3分かかる歌を10回歌い終われば30分とみればいい。いや、それじゃあダメだ。不正確すぎる。もっと合理的な時計を考案しよう。
喧々囂々の議論が続く。時計を持ったところが勝つ、はセオリーである。しかし、原始時計を考案できるかできないかは知性の戦いである。自グループの知性力のなさにやはりイライラが募ってくる。
(歩き始めてペースの違いに愕然とする、誰かペースを決めてくれ)
オリエンテーリングが始まる。おおまかな所要時間は6時間であるが、はじめの1時間で個人間のペースの違いがはっきり出始める。誰のペースを標準、基準とするか。動きながら、司令塔が判断を下さないと、集団性が維持できない。
ボート競技のエイトを考えるとわかる。ピッチの役割をする人がいないとオールは揃わなくなる。誰がピッチの役割を負うのか。
人が集まって事を為そうとすれば、必ず司令塔が要る。単純明快な事実であるが、仲良しクラブにどっぷりつかって育った人はそういう法則に疎い。話し合いでやろうとする。互選方式の司令塔でほんとに勝てるのか。
(順調だ、いや違う)
オリエンテーリングの途中、チェックポイントの通過ごとに、どの程度の誤差があるのか、自然に話題がそこへゆく。あるメンバーは順調だといい、あるメンバーはどんどん乖離が大きくなっているという。いずれも客観的な根拠のないところでの議論である。
状況認識に投影されるのはその人の気質である。同じだけのコップの中の水をみて、まだこれだけあると思うタイプと、もうこれしかないと思うタイプに人は二分できる。
順調だと思うタイプは、補正しようという考えは持たない。乖離がどんどん大きくなっていると思うタイプは、声を大きくして速度修正を主張する。客観的根拠がないところでの議論は、感情的になりやすい。その上、疲れがたまっている。イライラが募る。
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カネカ人事部教育チームの小山央チームリーダーはこのあたりの機微について次のようにコメントしている。
…異質な人間が集まる会社で、折衝し意見をまとめる力がものづくり企業の根幹となる。
同じ教育チームの荒木啓介さんは次のようにコメントする。
…途中で遅れた人がでたとき、目標時間での通過を優先して、遅れた人を鼓舞、督励するか、失格してもいいから遅れた人にグループがスピードを合わせるか、意見が分かれる。歩きながら、思いをお互いに伝え合ってどちらかにまとめればよい。それができなかったグループはどうしても悔いが残る。グループ内でのコミュニケーションの大切さをこのとき痛感するのです。
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カネカの“ハイテク”プログラムが優れている点を要約しておく。すべての研修プログラムがもつべき要件といってよい。
(競技性)
グループワークを課す場合の鉄則は競技性に尽きる。戦わずして何がわかるか、である。江田島の海軍兵学校の生徒たちを芯から鍛えたのは、「棒倒し」という危険きわまりないグループ競技だった。
(偶然的なグループ編成)
好きな人が集まって何かやってもロクな結果は生まれない。与えられたメンバーで戦うのが戦いだ。そこには自己中心的なメンバーが含まれる。誰が彼を統御するか。誰かが身体を張らないといけない。命がけでおかしなヤツを封じこめるのがリーダーだ。
(目標づくり)
グループで目標をたてさせる。いい加減な目標であれば一瞬で決められる。現実との整合性をもつ目標を決めることは難しい。現実を精査して、緻密な思考を巡らせないと絵に描いた餅になる。目標づくりがいかに難しいか骨身に沁みる。
(ツールづくり)
目標達成をサポートするのは、現在地が分かるナビ装置である。それが機能しない限り、目標と現実はどんどん乖離してゆく。ナビ装置の考案は難しい。そのことを身をもって知ればよい。
(司令塔は自然発生する)
試合が始まってしまうと、監督、コーチは不要になる。グランドにいるものの中から司令塔を作らないと試合の流れがつくれない。司令塔は現実の中から自然の力学で生まれるのだ。それを感知できればよい。
(レビューこそすべて)
計画がすべてではない。事前の議論と実際に起こったこととの間の距離が問題なのだ。その距離を作ってしまうもののR&Dが大事なのだ。レビューのもつ本質的な重要性が分かることが大事だ。
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概要で紹介した生産技術研究部の小林正啓さんの言葉を最後に引用する。このプログラムの価値がよくわかる。導入期研修の本質的な契機はここらあたりにある。
…あの研修を通して同期生との間で本当の意味での人脈がつくられた。他部署との折衝のときにこの人脈が役立っている。
研修とはかくのごときもの、の感慨を強くする。