人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

NTTデータ
担当超えた支援に表彰制度 「余計なお世話」大歓迎 

2007年11月28日 日経産業新聞 朝刊 26面

記事概要

 システム開発大手のNTTデータは二〇〇五年度から「セクショナリズムを廃し、仲間の知恵と力を合わせる」とのグループ行動目標を掲げ、社員間の自由なコミュニケーションを促す社内SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を立ち上げた。今年六月に社長に就任した山下徹氏は、就任早々の七月、「担当業務や所属部門の垣根を越えて、社員同士が助け合う企業風土をつくりたい」として、一歩を進め、担当領域を超えて周囲の社員や他部門を支援した社員にポイントを付与する新しいTHANK YOU表彰制度をスタートさせた。ポイント付与の対象となるのは、支援を受けた社員がともかく助かったと感じるものであれば何でもよい。たとえば「技術トラブルの解決方法を教えてくれた」、「見込み客を紹介してくれた」など。付与の具体的な仕組みは、社内向けのウェブサイトに専用ページを設ける、社内SNSや技術情報データベースの画面にポイント贈呈用ボタンを設ける、など多様な方法が用意されている。ポイントは三ヶ月ごとに集計され、上位数人が表彰される。このほど七月から九月までの四半期を対象にした第一回表彰式が行われ、社員四人が表彰された。現時点では表彰者には賞状と副賞が贈られるだけで人事評価には直接関係しないが、山下社長は、「将来は周囲への貢献を管理職登用時の参考にしたい」と明言しており、成果・能力の二つの柱に並ぶ人事評価上の三本目の柱になりそうだ。(星野友彦)

文責:清水 佑三

成果・能力・貢献の三つの柱

 上の概要では割愛したが、この記事には“THANK YOU表彰制度”の具体的な内容として、社員向けと組織(部署)向けの二つの制度が紹介されている。注目すべきは、組織向けの表彰制度の方である。二つの制度のあらましを紹介する。

(社員向け)

  • 名称 THANK YOU貢献賞
  • 対象 約8800人の社員
  • 内容 獲得ポイントの多い社員数人を表彰
  • 頻度 四半期ごと

(組織向け)

  • 名称 THANK YOU連携推進賞
  • 対象 約50のビジネスユニット
  • 内容 部署間の連携を推進した件数および内容を勘案して総合的に判断して表彰
  • 頻度 年度ごと

 組織向け表彰は、年度ごとなので、来年の六月以降に第一回の表彰が行われる。そういうこともあって記事中にはこちらの制度についての言及はまったくない。上の四行から、想像を逞しくしてみる。

(THANK YOU連携推進賞)

 部署別対抗戦である。年度のはじめに、各部署長から部署間連携の具体的なアイデアを出させる。どういう連携を狙うのか。そこから得られるものは何か。具体的に申告させる。たとえば、人事部が現場部署と連携して、残業時間の半減運動に取り組むなど。

 それぞれのアイデアを経営で審査し、会社としてゴーサインを出せるものと、そうでないものに分ける。ゴーサインを出せるものについてのみ、正式エントリーとみなす。部署がもつリソースをその目的のために使ってよい、というお墨付きの意味がある。

 エントリーした部署は通常の部署の仕事のほか、連携推進で頑張る。年度が終わった後、成果を発表させる機会を用意する。プレゼンテータは部署長、聞き手はボードメンバーである。

 部署長のプレゼンの後、ボードメンバーとプレゼンテータとが意見交換を行う。なぜ、なにを、どうやってやり、結果として何が得られたか、得心がゆくまで対話する。

 この過程であぶりだされるのは、プレゼンテータの「全体最適」と「個別最適」の認識の違いである。連携、連携といいながら、賞をとるための意識だけが先行する部署長と、こうした表彰制度を利用して、ふだんから考えていた「連携がとれる会社風土実現」に向けて長期的な視点から橋頭堡を築こうとする部署長の違いが鮮明になる。

 後者はボードメンバーの資質をもつのではないか。

***

 トップインタビューの形で、この制度に寄せる山下社長の期待が記事中の囲みで紹介されている。

 −この制度を導入した狙いは?

 「情報システムの会社の仕事は一人ではできない。プロジェクトの垣根を越えた知識の共有が欠かせない。」

 −人事制度への反映は?

 「将来は考えている。特に管理職への昇格評価の参考になるだろうと期待している。周囲への貢献度合いは組織のリーダーとしての資質を見るのに適切だろう。」

 −成果主義を採用しているが。

 「今後は成果主義、能力主義と並んで貢献主義を人事の柱にしたい。成果は給与に、能力は専門職などへの昇進の参考に、貢献ポイントはそれらとは別に使い分けてゆく。」

 昇格と昇進という言葉が、山下社長において、使い分けられていることに留意してほしい。周囲への貢献度合いは、組織のリーダーへの昇格基準になるが、能力はそうではない、専門職の(等級)の昇進の参考にされるべきものだという考え方だ。

 山下社長のこの人事制度観を読み解きたい。

(成果は給与に)

 背後に、成果は単発・偶発的なものであり、昇進、昇格に結びつけてはならないという認識がある。むしろ、その時々の給与に投影されるべきという意味。かりに、ある営業社員が何らかのツテで、とんでもない大口顧客の契約をとりつけたと仮定しよう。

 その社員に昇進、昇格を考えるべきか。違う。出来高払い的な意味で多額な賞与をもって報いる、という意味だ。同じことは部署長についても言える。たまたまその部署が関係する市場が過熱して前年比、二倍の成果が出たとする。部署長の給与は(多分賞与を通して)跳ね上がる。それはあってよい。

(能力は昇進に)

 多くの企業がもつ職能等級制度は、企業内専門職への道を具体的な階段状のステップとして定義したものだ。個々のステップアップを昇進と呼べば、昇進を許す最大の契機は年功でも知識でもなく、職能である。将棋でいえば、将棋の能力があがったゆえに級・段があがるという意味。

 社会的な枠組で考えれば、特定領域のエキスパートが思い浮かぶ。医師、弁護士、会計士職などである。かれらは特定領域のエキスパートであり、不可侵性をもつ国家資格保有者である。その資格を与える基準は「能力」であると思われる。

(貢献は登用に)

 ここでいう登用とは、管理職等への抜擢を意味する。貢献とは、周囲のその人へのTHANK YOU感情の総和のようなものを意味する。

 部署間連携を推進して、それぞれの部署を単純加算した以上の総合的な出力を出したとしよう。それを推進した部署長は、関係する利害当事者から感謝感情を持たれるだろう。その総和が大きい人を重職に抜擢したらどうか、という考え方は合理性をもつ。

 NTTデータの50のビジネスユニットは、軍事に喩えれば陸、海、空の次元に分けられよう。それぞれをバラバラに布置・運用するのではなく、うまく連携させて戦略目標を達成するイメージに近い。それを指揮できる人材を探そうということだ。

 THANK YOU連携推進賞を二度受賞した彼はどうか、そういう順序になる。

***

 成果、能力、貢献とも、曖昧さがつきまとう言葉だ。NTTデータの改革事例をよりよく理解するために、それぞれの意味を明確にしておきたい。

成果

 個々の社員を個人事業主として考え、会社との間で出来高払い契約を結ぶと仮定する。契約書の行は、納品サービス別の単価×数量である。単価×数量で表されるものが成果である。高度な発明のように、単価が飛び切り高いサービスの納品があった場合、成果はぐんと跳ね上がる。

能力

 上で述べた出来高払い制において、個人事業主から提供される労働サービスの単価を規定するものを能力と呼ぶ。医師、弁護士等の仕事単価は高く、単純作業をするアルバイトの仕事単価は低い。求められる能力の差として理解できる。同じ医師であっても保険外医療の場合、単価が異なることがある。この違いも能力の差によっていると考えられる。能力は個人に帰属する属性である。

貢献

 プロジェクト全体の出力は、プロジェクト構成員個々の能力の単純加算と一致しない。高校野球の監督さんをイメージすれば分かる。同じレベルの選手を預かりながら、甲子園出場を連続して果たす監督もあれば、そうでない監督もいる。この差を分けるのが「貢献」である。

 以上のように定義すると、NTTデータの山下徹社長の「成果は給与に、能力はエキスパート(専門職)認定に、貢献は管理職の抜擢に」という主張が、突飛なようで突飛ではないことが分かる。問題は、成果、能力、貢献をどのように測定、評価するか、である。特に「貢献」は評価が難しい。

 “THANK YOU連携推進賞”は、「貢献」を評価するための仕掛けとして秀逸である。この制度がうまく運用されれば、50人のビジネスユニット長の中から、「貢献」抜群の人が見えてくる。その人に経営を委ねれば、そうでない場合よりも、企業発展の機会はより増えるだろう。

 とても面白く、有意義な記事だと思った。

コメンテータ:清水 佑三