人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
武富士
コンプライアンス強化で士気高まる 苦情内容、的確に把握へ
2007年11月5日 金融経済新聞 朝刊 7面
記事概要
武富士は、2003年12月に、電気通信事業法違反(盗聴)容疑で武井保雄会長が逮捕されるという経団連加盟企業としては前代未聞の社会的事件をひき起こし、社会の厳しい眼にさらされた。これを境に武富士は全社をあげてコンプライアンス(法令遵守)活動を展開してきた。顧客への苦情対応は代表権をもつ役員に必ず報告する体制を敷いた。また本部では顧客対応にあたった社員からトラブルに関するヒアリングを行い、その結果、社員に社内規則違反を認めた場合は、その社員を懲罰委員会にかけるなどの手を打ってきた。たとえ社員に非がなくても、支社長レベルが苦情者を訪問して社員の顧客対応のまずさを謝罪する。「トラブルは一歩処理を誤れば企業の命とりになる。コンプライアンスは経営の最重要課題。」と吉田純一(統括部兼CSR推進担当)部長は話す。コンプライアンス活動は対利用者だけでなく、社員の労働環境にも向けられている。労務委員会はいわゆるサービス残業など36協定違反の疑いがあった場合、該当管理職から事情を聞き、管理職に非があれば処罰の対象にしている。こうした一連のコンプライアンス活動の強化は武富士社員の士気を高めているようだ。
文責:清水 佑三
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コンプライアンス強化によって事件は減るが…
コメンテータ:清水 佑三
(消費者金融業界とコンプライアンス問題)
最初に、表記のテーマでの概念整理を試みたい。筆者からみて、消費者金融業界は、コンプライアンス問題とは何か、企業にとって注意しないといけない点は何か、を考える上でよい見本だと思うからだ。次に、記事のポイントについて意見を述べたい。
昨年の2月と9月の二回にわたって、このコーナーで消費者金融二社のコンプライアンス強化活動について取り上げた。武富士(2月)とアイフル(9月)の事例である。
武富士に関する事例は、武富士が管理職558人を対象に「個人情報保護法をどこまで理解しているか」についての社内テストを実施し、理解度の弱い管理職をあぶりだした上で注意を促すというもの。内部犯罪を防止するために管理職の意識改革が必要という視点での改革事例である。
背景には、消費者金融がもつ個人情報が企業の内部犯罪によって漏洩し、架空請求や多重債務者狙いの被害が多発しているという状況があった。
アイフルに関する事例は、同社が過剰勧誘、違法取立てで厳しい行政処分を受けたことを受けて、次のようなコンプライアンス強化策を打ち出したことの紹介である。
(アイフルのコンプライアンス強化策)
アイフルに対する行政処分とは、アイフル中津支店長が、完全に意思能力が欠如している利用者に対して、融資に伴い連帯保証契約書及び根抵当権設定登記委任状に署名捺印させて、同人所有の土地建物に根抵当権設定登記手続きをしたという極めて悪質な組織犯罪が発端となり、近畿財務局が同社全店舗に対して一定期間の営業禁止令を出したことを指す。
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消費者金融業界が「コンプライアンス=法令遵守」を大義として掲げざるを得ない構造要因のようなものがある。いくつかあげてみる。自業界の点検に役立つと思う。
(顧客は社会的弱者)
カード破産する人たちを、データ・マイニング法で分析すると、いくつかの塊(同じ傾向性をもつ集団)があらわれる。
最大の塊を作るのは、パチンコや競馬で負けが込み、取り返すつもりが取り返される羽目になる人たちである。金を借りて、失った金を取り返しにゆく彼らの姿は、ミイラ取りがミイラになるのに似ている。簡単に金を貸す消費者金融の存在が、彼らのミイラ化を加速している。
二番目に大きい塊を作るのは、ブランド命の人たちだ。質草となって、ついには質屋の店頭に並ぶブランド品の多さがそのことを示唆する。まさにワケアリの品々だ。カッコイイ自分に投資しているのだが、次から次へ同じブランドの新作を追う姿は麻薬中毒者によく似ている。
パチンコ破産にしてもブランド破産にしても、破産者に共通するのは性格の弱さだ。パーソナリティ障害者と紙一重の場所にいる。自己破産者を量産するようなところが消費者金融にはあった。本質は顧客選別の甘さの問題だ。
(顧客リストはプラチナペーパー)
消費者金融やクレジット会社における情報漏洩事件は、架空請求等の詐欺被害に繋がっているケースが多い。被害者は日本全国、広範囲にひろがり、被害額も大きい。
仮に、消費者金融等の顧客(債務者)リストが詐欺師集団の手に渡れば、弁護士や法曹機関などの差出人を装って様々な口実の架空請求ハガキを送りつけることができる。
また、整理屋と呼ばれる犯罪集団もある。彼らの手口は、多重債務者を救済するという弁護士まがいの口実で信用を得て、債務者の代理人になり、債権者と交渉して返済額を減らさせる。債務者から預かった返済金を債権者に支払わず着服するというもの。瀕死の病人に高額のクスリを買わせてあげくに殺してしまうエセ医者のようなものか。
犯罪者からみれば、消費者金融がもつ顧客リストは垂涎の的だ。あの手この手を使ってプロの盗人を放って、それを手に入れようとする。優秀そうに見えるアルバイトが怖い。信用してパソコンをいじらせたらオシマイなのである。前線の管理者が防波堤にならない限り、顧客リストの漏洩は防げない。
(取立て支援集団の「?」)
武富士創業者の故武井保雄は、(Wikipediaによれば)「右翼は暴力団に弱い。暴力団は警察に弱い。警察は右翼に弱い。この三つをうまく使って物事を収めろ。」と言っていたという。
取立てる経緯で利用者とトラブルになり、相手側に右翼がでてきたら、暴力団を使え、暴力団が出てきたら警察を使え、と言っているように聞こえる。事実、1991年に、武富士は元警視総監福田勝一を非常勤顧問として迎えている。
暴力団にしても、右翼にしても、存在のありようは法令遵守とは相容れない。武井の発言は、消費者金融(業界)が暴力団や右翼と持ちつ持たれつの関係にあることを示しかねない。朱に交われば朱くなるの喩えもある。それがほんとうなら、違法取立てのプロに依存する体質は怖い。
(テレビコマーシャルによる勧誘)
テレビCMの「武富士ダンサーズ」についてまことしやかな噂があった。出演しているダンサーたちは、同社の借金返済が不能となった女性達であるという噂だ。もしほんとなら、公序良俗に反する違法取立てである。
真偽不明の話だ。身体の線を強調する黒いスーツ姿で武富士ダンサーズが(テレビ画面で)シンクロナイズド・ラブを踊っていた期間、武富士は絶好調であった。
アイフルのチワワCMについても同じことが言える。女性アイドルの安田美沙子がよかったのか、俳優の清水章吾がよかったのか、チワワのクゥーちゃんの表情がよかったのか。このチワワCMでアイフルの業績はうなぎのぼりとなった。
2006年4月に、アイフルはテレビCMを自粛した。しかし、2007年1月から、再開に踏み切った。すぐ、アイフル被害対策全国会議は、各局やJARO、アイフルに対してCMの中止を求めた。
このことは何を意味しているか。被害者対策協議会議の目には、テレビコマーシャルが諸悪の根源に映るのだ。イメージ訴求力が強いテレビコマーシャルによって、自立、自律の力を持たない人たちが、気軽にアイフルの「お自動さん」を使ってしまう。利用者に与信の適正化を促す努力をする前に、利用者の方から先に転んでしまうのだ。
消費者金融業界にとっていかにコンプライアンス問題が生殺与奪的なのか、おわかりいただけたのではないか。以下、記事のポイントに移ろう。
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この記事中で気になる表現がある。以下の部分である。
…消費者金融業界を取り巻く経営環境は厳しさを増しており、与信基準も次第にハードルが高くなっている。回収も従来に比べて手間がかかるようになってきている。督促にも気を使わざるを得ない。
…そうした環境では、ややもすると接客対応で利用者との行き違いもおきやすい。同社では督促の架電回数などの社内規則もトラブルが発生するごとに、その適否を見直し、改善を図り、より厳格な社内規則としている。
様々な問題を業界が起こしてきたことにより、世間の目が自分たちに対して非常に厳しくなった。その結果として、以下の策をとらざるを得なくなったと読める。
(与信基準をひきあげる)
消費者金融の銀行化である。銀行が土地・建物を担保にとれない限り、金を貸さないのはよく知られている。これでは、誰のための消費者金融かがわからない。筆者の見解では、他の金融機関が二の足を踏む利用者群の中で、良質の利用者のみを選別して短期少額の金融を行い、回転させてゆくのが消費者金融のビジネスモデルである。
昔から、質屋はそれをしてきた。顧客の着ているもの、立ち居振る舞い、口のききかた、人相手相までひそかに見て、与信の適否を判断した。そのノウハウが質屋のすべてであった。その人間鑑定眼を自ら捨てたら、消費者金融は先がないのではないか。
(回収に手間がかかる)
ここでも同じことが言える。回収に手間がかかる利用者とそうでない利用者を見抜く眼力が、消費者金融の業務ノウハウのすべてではないか。質屋の喩えをもう一度使えば、質草を流してしまうことが見てとれる場合と、そうでない場合で、持ち込まれた同じ品物への評価額を変える。
流してしまう利用者には少額しか貸さない。それゆえに質流れ品を捌いて巨利が得られる。質草を流してしまう利用者イコール回収に手間がかかる利用者だ。利用者の選別ノウハウを磨いてゆかない限り、どこまでも回収地獄はついて来る気がする。
(督促架電回数の上限を設定する)
期日までに返済できない利用者にプレッシャーをかける、は(極論すれば)消費者金融の業務そのものである。利用者の勤務先に電話できないとなれば、個人の携帯へ電話するしかない。もう少し待ってくださいを繰り返すうちに、やがて「登録番号以外は受信拒否」が来る。
なすすべがなくなる。期日までの返済がない利用者への貸し金はもどって来ないと考えないといけなくなる。これでは商売あがったりだ。
いずれの策も、借りた金を意図的に踏み倒す不心得者にとって「おいしく」、人間鑑定というややこしい業務が苦手なシンマイの社員にとっても「おいしい」。消費者金融が、弱者ならぬ強者に食い物にされる時代の到来である。
それが記事末尾の次のような表現になっていると見るのは「深読み」に過ぎるか。
…コンプライアンス重視の業務運営は、顧客からの信頼向上とともに、社員の士気も高めているようだ。