人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

HOYA・ペンタックス
合併の成果に注目 社風の甘さ克服へ 意識改革で企業価値向上

2007年10月31日 日刊工業新聞 朝刊 8面

記事概要

 HOYAとペンタックスの経営統合問題は、HOYAがペンタックスを吸収合併することで決着した。HOYA首脳には、ペンタックスを現状の子会社のままでおくことでは両社の相乗効果に大きな期待は寄せられないという判断があったと見られる。ペンタックスの谷島信彰社長は、合併によって内視鏡をはじめとする戦略部門への多額の投資が期待できる、機動性、柔軟性、生産性という点でよい選択だと強調する。一方、HOYA首脳は、「重要なのは、数字で管理するという風土。ペンタックスは、この考えが弱すぎる」とペンタックスの経営管理の甘さを指摘する。もともとHOYAは、“小さな本社”を標榜し、「事業部門が戦略から人事処遇制度まで相当の自由度と多様性を持っている」(HOYA関係者)。数字で自らの事業部の存在価値を高めて行く企業風土をもっている。合併後、HOYA経営陣が、甘いとされるペンタックスの経営陣、社員に対してどう意識改革をしていくか、難しい舵取りが待っている。(米今真一郎)

文責:清水 佑三

明確な占領統治法、自虐意識の植え付け

 HOYAとペンタックス二社のここまでの経緯を簡単に振り返ってみる。

 昨年12月、HOYAとペンタックス両社は、HOYAを存続会社として今年10月に合併することを発表した。ところが、今年の4月10日になって、ペンタックス合併推進派の経営陣(浦野文男社長、森勝雄専務)は、合併に反対する綿貫宣司取締役らによって解任され、綿貫宣司氏がペンタックス新社長に就任した。綿貫氏は、社内・株主事情を理由に合併計画の撤回を決定した。

 綿貫氏の背後にあったのはペンタックスの名が消えることを嫌がった旭光学工業創業家だったといわれる。権力を握った綿貫新体制がデジカメ市場で大きく出遅れたペンタックスの再生の道筋を即座に示したかといえば「?」がつく。市場の評価はブーイングだった。

 綿貫クーデタに正面きって異を唱えたのは、筆頭株主であるスパークス・グループである。HOYAと連携をとって、ペンタックスに経営介入し、綿貫新体制を明智光秀と同じく“三日天下”で終わらせた。6月27日に、執行役員だった合併容認派の谷島信彰氏が社長に就任した。

 谷島新社長のリーダーシップでペンタックスはHOYAによるTOBの受け入れを決定、今年の8月にペンタックスはHOYAの子会社となった。一連のペンタックス経営陣のゴタゴタによってペンタックス側の役員がスリムになったことがこの動きを加速させたといえる。

 しかし、HOYAは10月29日、子会社化の方針を捨て、原案どおりペンタックスと2008年3月末に合併すると発表。

 合併方式はHOYAを存続会社とする吸収合併で、ペンタックス株は今年の10月30日に整理ポストに割り当てられた。来る11月30日で“アサヒペンタックス”(一眼レフ)で長く親しまれたカメラの老舗が株式市場から姿を消す。

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 記事に戻ろう。

 HOYAが子会社としてのペンタックスの存続を好まず、当初の吸収合併にこだわったのは何故か?記事の中で、HOYAの鈴木洋代表執行役は、「我々はあくまでペンタックスの事業が必要だったから取り込んだ」と説明している。

 ペンタックスの、数字で管理しようとしない(ぬるま湯的な)社風は好まないが、内視鏡や光学モジュールなどの事業は極めておいしいと見たのである。

 筆者の関心は、医療用内視鏡(オリンパス、フジノンと3社で世界市場を寡占している)、光学モジュール(デジカメメーカーに光学部品を高いシェアで供給している)等で、高い市場占有率を獲得している事業部門を育てたペンタックスの社風の評価である。

 HOYA経営陣が口にする「経営管理の甘さ」「社風の甘さ」という言葉がひっかかる。本当にそうなのか。占領政策としての意図的な情報操作なのではという疑念である。以下に理由を書く。

(社風と事業は切り離せない)

 小林秀雄さんに『天の橋立』と題された身辺雑文がある。ずっと前に丹後、宮津の宿でおいしい油漬けのサーディン(鰯)を食べた時の記憶から話が始まる。ひょっとすると世界一の鰯ではあるまいかと思って宿の主人に聞いた。天の橋立の入江にいるキンタル鰯だといわれる。

 年月を経て宮津を再訪する。天の橋立を抱く宮津は観光大開発の渦中にあった。キンタル鰯というのがいるはずだ、食べたいというと、どういうわけか絶滅してしまって今はもう味の落ちる養殖ものしかないと言われる。

 そこから小林秀雄の思索が始まる。暗喩を含む以下の文章が印象的だ。(  )内は筆者注である。

…わが国の、昔から名勝といわれているものは、どれを見ても、まことに細やかな出来である。特に天の橋立は、三景のうちでも、一番繊細な造化のようである。なるほど、これはキンタル鰯を抱き育てて来た母親の腕のようなものだ。とても大げさな観光施設などに堪えられる身体ではない。

…子供(キンタル鰯)の生存を脅かした条件が母親(天の橋立の自然)と無関係な筈はあるまい。僅かばかりの砂地に幾千本という老松を載せて、これ(老松)を育てて来たについては、どれほど複雑な、微妙に均衡した幸運な条件を必要として来たか。些細な事から、何時、がたがたっと来るか知れたものではない

 キンタル鰯が滅んだように、名勝の千本松もまた大開発のバチがあたって滅ぶのではないか、という筆致である。キンタル鰯をペンタックスの内視鏡と置き換え、キンタル鰯を抱き育ててきた母親を、ペンタックスの(甘いとされる)環境と置き換えて読めば、筆者の社風と事業は切り離せないのではという主張がおわかり戴けるかもしれない。

 吸収合併に伴う価値意識の押し付けによって、キンタル鰯が滅びたように、ペンタックスの内視鏡事業等の打出の小槌の先行きもおかしくなるのではないか。

(意識改革とは何をいうのか)

 HOYA経営陣がペンタックス社員の意識改革をする、という図式について、この記事を書いた米今真一郎記者は、控えめな表現ながら記事の末尾で次のように書く。

…ペンタックスの技術、事業はHOYAの企業価値を高めることに貢献する。しかし、経営管理の甘さがペンタックスから抜けきらない。子会社のままでは両社の相乗効果に大きな期待を寄せられないとの判断があったと考えられる。

…社員に意識改革を促し、それをHOYA経営陣がうまく生かせるかどうか、舵取りが試されている。

 舵取りが試されている、とは、そうは問屋が卸すのだろうか、という意味だ。筆者の疑念に近いものがある。

 そも意識改革というが、企業の吸収合併のような状況下で何を指すのか、筆者の考えを書いてこの稿を終えたい。唐突であるが、戦後の日本人の意識を根本から変えたといわれるダグラス・マッカーサーを引き合いに出す。

(マッカーサーが持っていた日本観)

 1951年5月3日、朝鮮戦争に於ける戦争方針で当時のトルーマン大統領と鋭く対立し、GHQ最高司令官を解任されたマッカーサーは、米国上院軍事外交共同委員会の場で、朝鮮戦争に於いて彼の支那海上封鎖戦略についての答弁の際、以下の様な発言をした。

 委員…五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまえという貴官の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。

 マッカーサー…その通りです。太平洋において我々は日本を迂回しました。我々は日本を包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱え、それが四つの島にひしめいているのだということを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいずれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けている時よりも、働き、生産している時の方がより幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでもよいようなものを発見していたのです。これほど巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らは手を加えるべき原料を得ることができませんでした。日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れていました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。

(マッカーサーがとった意識改革法)

 GHQ最高司令官マッカーサーは、日本進駐後、どこに力点を置いて日本人の意識改革を行ったか。上にある自分の考えと全く違う(自虐性といわれる)価値意識の植え付けである。

 そのあたりの詳細について、多面的に明確な主張を行ったのは父方の祖父に海軍中将江頭安太郎、母方の祖父に海軍少将宮治民三郎をもった江藤淳であるが、ここでは詳しく述べない。

 マッカーサーは、「労働の尊厳」を発見した八千万の国民の自尊意識を根本から殺ぐことが、リベンジを恐れる米国の国益に適うとみた。民主化政策と呼ばれる運動が広く、深く展開されたのは衆知のとおり。自尊意識を殺ぐとは、自虐意識を植え付けることと同義だ。

 筆者が経験した小学校教育(1950年〜56年)で、担任の教師はしきりに日本は四等国であると生徒に教えた。その理由をいくつか述べたが、子供ごころにそれは違うだろうと思った。アメリカさんは我々が自分に誇りをもつことを好まないのだと感じた。

 徳川家康の精神インフラの構築が260年の徳川治世を許した。同じようにマッカーサーの精神インフラの構築は我々を今なお縛り続けている。自虐意識を植え付ける、はひとつの現実的で有効な占領統治法なのである。

 「ペンタックスの社風の甘さ克服へ、意識改革で企業価値向上」と見出しされた記事を、筆者はこのように読んだ。

コメンテータ:清水 佑三