人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
住友商事
社員 200人超 秘密厳守で心のケア利用増
2007年10月22日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 23面
記事概要
住友商事グループ(SCG)は、社員の仕事と私生活の調和をはかる「ワークライフバランス」の実現をめざして、様々な福利厚生の取り組みを進めている。中でも守秘義務最優先を前面に打ち出した「SCGカウンセリングセンター」が社員に好評で、企業内相談室としては異例といえる高い利用実績をあげている。相談室を開設した05年度が延べ200人、06年度は230人の社員が相談に訪れている。年間数十人程度の相談者が通例とされる企業が多いなかでなぜ高い利用実績となったのか。氏橋孝幸センター長によると「相談内容が会社に知られたり人事評価に影響したりする懸念が利用の障害になっている」。守秘義務最優先は実際に実行に移されており、命にかかわる場合を除き、誰がどういう理由で相談に訪れたかは、上司や人事部を含めて一切開示していない。他方、相談に来た社員には、自分自身で問題解決に向けて積極的な行動をとるように強く促している。氏橋センター長は「会社の事情に精通した自前の相談室であるためピントのあったアドバイスができる。一方で秘密が守られていることを実感できるので、会社への信頼感が高まり、自主解決力も身につく」とこの方式のメリットを強調している。
文責:清水 佑三
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ストレス性メンタル疾患問題についての俯瞰図
コメンテータ:清水 佑三
社員のストレス性メンタル疾患者が増えているといわれている。この問題について筆者なりの概念整理を試みたい。その上で、住友商事の試みの意味について私見を述べたい。
概念整理の試み
1 ストレス性メンタル疾患者とは
ストレス(生物の個体が緊張を強いられる)状態が長く続くと、生物の個体に様々な変調があらわれる。免疫学の安保徹先生は『免疫革命』のなかで、ガンはもっとも代表的なストレス性疾患であると断じている。いいかえれば過度にかつ長期的に加えられたストレスを取り除けばガンは治ると言い切っている。
2 なぜ、増えているのか
(サバイバル競争の激化)
会社価値が「時価=株価×発行済み株数」で測られる時代、経営者の自存自衛策の第一は、増収増益によって自社の株価をあげることだ。利益創出のための打出の小槌は、組織のスリム化である。そのしわ寄せが現場にゆく。5人でやっていた仕事を2人でやってもらう。仕事の負荷が増えざるを得ない。
過去の技術に依存している企業は取り残される。たえざる技術革新が求められる。いいかえれば過去の技術をもってナリワイとしていた社員は、不要のレッテルを貼られかねない。新しい技術を修得するというが言うは易く行うは難しである。今の自分の技術では将来立ち行かないのではと不安がよぎる。
何につけてもスピードと効率が求められる。3日かかって仕上げていたのを2日で仕上げてくれといわれる。手抜きをしないとできない。手抜きも要領のうち、といわれるが自分の性格が邪魔して手抜きができない。手抜きする周囲に先を越される。日一日と焦りが募る。
(対話機会の激減)
仕事の仕方や内容が、分業化し専門化しかつ日進月歩で変わる。一人ひとりが守備範囲を明確に決めて蛸壺型で仕事をせざるを得ない。そうなればそうなるほど、わからなくなったときに相談する相手がいなくなる。自分ひとりで抱え込んで、迷路の森をさまようが如きとなる。
自分自身の仕事に献身している上司の姿をみていると、自分が(こんな)ことで相談に行っていいのかと迷う。何とか自力解決で行こうと考えるが、自力解決の糸口がみつからない。迷路の森に迷い込む。上司が自らの仕事を抱え込むプレーイングマネジャー制度が対話機会を少なくしている。
残業している人たちはみな黙々とやっていて無駄口を叩く人はいない。無駄口はご法度なのだ。飲みにゆくといってもヒマそうな人は誰も残っていない。愚痴をきいてもらえれば、そこで解消できる何かがあるが、愚痴をきいてもらう機会がない。対話の絶対量がどんどん減る。
(過残業状態の放置)
学生時代に働いたファーストフード店では、仕事のやりかたを教えてもらってから現場に飛び込んだ。しかも経験差を踏まえて仕事が割当られていた。今はそうではない。仕事の仕方を知らない新人にいきなり仕事が振られる。気のきいた先輩が一日でできる仕事を残業をして二日でやる。残業の習慣がつく。
時間管理はスキルである。そのスキルをきちんと教わった記憶がない。もしそれを教えてくれていたら、残業時間は半分以下にできたかもしれない。個人だけの問題ではない。プロジェクトチーム全体でもいえる。チームとしての仕事の優先順位づけがうまくない。チームとしての時間管理スキルもない。
誰にどういう仕事を割り振るかを考える際に、成果の最大化とともに、残業ゼロという条件を置いたらどうなっているか。今の残業は激減するのではないか。残業ゼロを必須要件として物事を考える習慣がないまま、過度の残業を織り込んだ計画が作られる。
昔は、夜が更けると、火の用心チャキチャキと、町内有志が拍子木を叩いて地域の見回りをしたものだ。深夜残業直前にそれがあればと思う。深夜残業をさせないためのパトロール隊を組んで、ある時間がきたら、カギを締めて回ればよい。深夜残業は中毒のようなもの。だんだん常態化する。
(マネジメントの貧困)
このタイプ(の人)をその仕事につければつぶれるとわかっているのに同じ愚を繰り返す。飛んで火にいる夏の虫となる。一度、どういうタイプの人をどういう仕事につけたときに、発症リスクが最大化するか、その道の専門家を呼んで調べてもらったらよい。イージーな配属ミスマッチが多すぎる。
ストレス強度は、ひとつの獲得できる能力である。大学生でも意識してストレス強度を鍛えた人はいる。採用のときに、それをきちんと見分ければ、今のような発症率にはならなかったはず。ストレス強度を面接時の最大関心事にしてほしい。入社早々で発症する人が目立ち過ぎる。かわいそうだ。
マネジャーを評価する基準がおかしい。目に見える数字だけに目が行っている。最前線は戦争と同じだ。人的損耗率という基準を入れないと死屍累々の「二〇三高地」になるのは当然だ。人的損耗を出さないマネジャーがエライのだという価値意識を全社にあまねくゆきわたらせるべきだ。
マネジャーが多忙すぎるのがいけない。自分の仕事を抱えていれば、部下の観察に割く時間は限られるのは当然だ。観察がなければ「予兆」の発見はできない。気をつけて観察していれば、不眠のアリ地獄に陥ろうとしている部下はわかる。マネジャー層に現場仕事をやらせるからこうなる。
3 マネジャーのための疾患「予兆」リスト
ストレス性メンタル疾患のほぼ6割は「うつ病」である。この病気は、早期発見ができる。ゴムの紐が伸びきって切れる前に手を打てば、元のゴムに戻る。以下、マネジャー層ができる早期発見マニュアルを掲げておく。筆者の体験と勉強に基づくもの。
4 早期対応の仕方
うつに限定すれば、エネルギーの枯渇を症状とする病気である。感情エネルギーの枯渇から、極度の不眠に進むのが特徴だ。やがて食欲がなくなり全身のエネルギーの枯渇にすすむ。安倍晋三前首相の血の気の失せた顔が記憶に新しい。
上で述べた初期症状を(ある部下に)認めたら、マネジャーとしてやるべきことは次のようなことだ。
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住友商事の「相談室」のどこがいいか、私見を書いて終わろう。
この問題を相談される企業に共通するややこしい悩みがある。補足しておく。
住友商事の「相談室」に、上で述べた不心得者が訪問したとしよう。徹底的に叱られて帰るのがオチだろう。会社の事情に精通したカウンセラー、とはそういう意味だ。
筆者がこの記事にもっとも惹かれた点はそこだ。他者にはわからない地獄の苦しみに悩む人のための真の「相談室」になっていると思う。
住友商事の見識に脱帽。