人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

アップガレージ
社員の希望反映 転勤覚悟の幹部めざすか 近い店舗でスタッフ継続か
働き方選べる新制度

2007年10月11日 日経産業新聞 朝刊 23面

記事概要

 東証マザーズ上場の中古カー用品販売のアップガレージは、〇八年度から、自分のキャリアパスを選択できる新人事制度を導入することを決めた。新制度のもとでは、従来必ずしも明確でなかった自分の将来展望を、会社が用意した三つのキャリアパスの中から半年ごとに自由に選べる。キャリアパスは転勤なしのRM(リージョナルメンバー)、転勤ありのGM(グローバルメンバー)の二つに大別され、転勤ありのGMはさらに、店長→管理職→経営職の幹部パスと、フランチャイズ店のオーナーになる独立パスが用意されている。わかりやすく言えば、社員は(1)今の店で働きつづける(2)転勤覚悟で幹部をめざす(3)フランチャイズ店舗をもって独立する、を選ぶことができる。この新制度の導入によって、本人が望む働き方ができ、社員のやる気をより引き出すことができるとしている。新制度の対象となる社員は、直営店舗スタッフ、本社スタッフの計約六十人。転勤の赴任先は直営二十二店舗で全国にわたる。

文責:清水 佑三

小さな企業による大きな試み

 東証マザーズに限らず新興三市場の小規模企業の株価はさえない。現時点の株価をその企業の最高値と比較すると、半分以下はザラで、三分の一、四分の一も珍しくない。アップガレージも日本エス・エイチ・エルもその点では同じ立場にある。陽はまた昇るであってほしい。

 アップガレージの本社は東京目黒の青葉台にある。中古カー、中古バイク用品のリサイクル(買い取り・販売)ショップだ。中古バイクのリサイクルもやっている。直営・FC店の両方を合わせると、三十八都道府県に八十五店舗があり、そのうちの六割以上がフランチャイズである。

 最近、山口もえを使ってのテレビコマーシャルも開始した。誰もが知る会社になろうとしていることがわかる。経営数字の推移だけを見ると、道なお遠しの感があるが、いつどう化けるかわからない。

 扱っている品目リストをみると、イメージがよりはっきりする。リユース(中古)のタイヤ、ホイール、マフラー、エアロ、カーナビ、カーオーディオなどである。買った車やバイクをいじらずに使いつづける人たちとは無縁の店である。

 部品をとっかえひっかえして「自分の分身」にしてゆくことにこだわるカーマニア、バイクマニアたちが訪れる店だ。

 店舗で働く人たちも顧客と同種同根だろう。地域で同好の仲間たちがあるときは買い手になり、あるときは売り手に転じる。タイヤ交換、マフラー交換をしている自分に至福のときを感じる男たちのプラザがアップガレージだ。

 今回のアップガレージの新制度は、二つの点で特徴がある。第一に、多店舗展開を行う小売ビジネスにとって参考になるシンプルなキャリアパスを用意してくれている。第二に、フレックス人事制度と呼んでよい柔軟な制度であることだ。解説しよう。

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アップガレージが提唱する三つのキャリアパス

 記事によれば、アップガレージは、次の三つのキャリアパスを提唱した。

1)今の店で働きつづける
2)幹部をめざす(転勤がある)
3)フランチャイズ店のオーナーとして独立する

それぞれについて解説する。

(今の店で働き続ける)

 このキャリアパスは、中古のクルマやバイク用品のリサイクル・ショップの店員職を「自分にとっての天職」だと考える人たちに対して用意されている。天職とは、自分の性分にあった仕事という意味。天職であると思えれば、苦労を苦労と思わないで日々新しい気持ちで仕事を続けられる。

 「みなさんにとって仕事が天職と思えるなら、今の店でずっと(定年まで)働きつづけていいですよ」のメッセージがこのキャリアパスにはこめられている。ところてんのように後輩によって押し出されることはないから心配するなという意味でもある。

 あるタイプの人にとっては安心立命につながるメッセージだ。

(幹部をめざす)

 このキャリアパスは、“マネジメント”という普遍的な能力をアップガレージで身につけたいと考える人たちに対して用意されている。

 その第一のステップは、店舗の店長職である。一つの店舗の店長職を基準以上の成績で務めれば、次にタイプとレベルの異なるいくつかの店舗の店長を経験してゆく。そうすることで、複数店舗の店長をマネジメントするための素養のようなものが次第に身につく。

 このキャリアパスの第二のステップはエリアマネジャーである。優秀なエリアマネジャーとそうでないエリアマネジャーを分ける基準は、コスト・パフォーマンスである。その地域の複数店舗にどれだけのヒト、モノ、カネを投入して、どれだけのリターンを創出できるか。投入資源対見返りの大きさでエリアマネジャーの価値が判断される。

 エリアマネジャー職を基準以上の成績で務めれば、担当するエリアの規模を拡大してゆく。会社経営に強いインパクトを与える重要エリアを任せてゆく。それがそのまま幹部への登竜門となる。

(フランチャイズ店のオーナーとして独立する)

 多店舗展開ビジネスでは、基準を満たすフランチャイズ店をどれだけ多く持てるかが成長を左右する。セブン・イレブンの成長神話がそのよい例である。怖いのはズブの素人にはできない専門性をもつ小売業の場合だ。多店舗展開を急ぐとしっぺ返しがくる。

 リユース小売業界は、ズブの素人にはできない業界の代表例である。持ち込まれたセコハングッズを鑑定して、値づけをしなければならない。そのあたりは骨董屋と変わらない。

 データベースを用意して機械的にやればよいと思う人がいたらリユース業界を知らない。同じ希少部品であっても、顧客からみれば、喉から手がでるほどの完璧な美品があり、その逆もある。適切な値をつけられるのは経験とセンスである。

 そういう業界で急速に多店舗展開を目指すとしたら、既存店長経験者をオーナーとして独立させる方法以外にない。既存店の店長に、フランチャイズ店のオーナーへの転進を促す戦略は、会社の盛衰を決めるほどに重要なのだ。

 以上がアップガレージが提唱する三つのキャリアパスの解説である。ズブの素人を店長に登用できない多店舗事業者にとって参考になるモデルだと思う。

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フレックス人事制度の効用

 「半年に一度の見直し」を許したことが、アップガレージの新制度の最大の目玉である。なぜ、それが重要な意味をもつか、簡単に述べる。

 一般にキャリアパスは固定的なものだ。国家公務員をみればよく分かる。入省(庁)時の試験で I 、II 、III 種試験合格というキャリアパスが、入省者に付与される。入省時に入り口が三つあるようなもの。それぞれの登山口で、(定年までに)何合目まで登れるかが決まってしまっているようなもの。

 一般の企業でも、総合職採用、一般職採用で似たようなことをやっている。一般職からは管理職になれないような仕組みで全体が動いている。「社内の人材流動化」「機会均等」等の理由から、一般職から総合職への乗り換えの道を用意している企業が増えたが、一般職から総合職への一方通行であり、その逆はない。しかも一度限りの乗り換えが普通。固定的だ。行ったり来たりができるようなフレックス制度を用意しているところはない。

 アップガレージの場合は違う。国家公務員の例をとれば、III 種採用から I 種、II 採用のキャリアパスへの変更申告ができる。しかも、半年に一度、それが可能だ。

 どういうメリットがあるか。たとえば、家庭の事情で、突然、転勤ができなくなった店長を想定すればよい。転勤ありのGMから転勤なしのRMへの変更を申告すればよい。(一定以上の業務能力をもっていれば)定期異動によって他店店長にコンバートされなくてすむ。

 いつなんどき、家庭の事情が発生するかはわからない。そういう状況変化に対して、この新制度は有効であり、柔軟に対応できる。それが良質な店長の居付きにつながるであろうことは言をまたない。

 すべての人事制度は選択式でかつフレックスであるべし、が筆者の持論であるが、その具体的な事例をアップガレージに見た思いが強い。

 小さな企業による大きな試みとタイトルをつけた理由だ。人事制度のありかたを考える上で貴重な示唆を与えてくれた。

コメンテータ:清水 佑三