人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

世田谷消防署
参集予告後に飲酒 署長ら発令に遅刻

2007年9月19日 朝日新聞 朝刊 35面

記事概要

 台風9号が都内に接近した9月6日の午後5時ごろ、東京消防庁は台風による被害発生に備えて、全管轄署に対して「水防第二非常配備態勢発令」を午後7時ごろ出す予定と伝えた。この発令は勤務時間外の職員(の一部)にも招集がかかる緊急度の高いもの。この重要な予告を受けていながら、世田谷消防署(三軒茶屋2丁目)の署長、副署長、課長ら4人が夕食でビールを飲み、参集時間に遅れたことが判明した。4人は発令予告があったことを知りながら、夕刻6時過ぎから近くの飲食店で夕食をとった。その際、ビールを一人一本程度飲んでいた。署に戻ったのは、課長一人が8時、残りの署長らは8時38分だったという。東京消防庁は、発令までの時間に飲酒したことは、(署員を指揮する立場にあるものとして)好ましくないが、裁量範囲内である。しかし、招集時間に遅れたことは問題があり適正に対処したいとしている。

文責:清水 佑三

飲酒は許されるが遅刻はゆるされない、というバカ法制

 社会保険庁(社保庁)と自治体職員による年金横領・着服事件は、これでもかこれでもかと新たな事実が発覚して、とどまるところを知らない。社保庁、自治体は、伏魔殿と化しつつある。

 驚くのは、横領者、着服者への処分の甘さである。「厳正なる処分」をサカサマにしてしまったようなことがまかり通っている。

 新聞報道で一例をあげる。

 平成14年に発覚した大阪池田市、年金保険課の女性職員のケースは次のとおりだ。(産経9月22日1面)

  • 平成14年、年金保険課の女性職員が国民年金保険料42万円余着服していたことが明るみに出た。
  • 市の幹部職員、学識経験者からなる「職員事故等調査委員会」が招集され、着服に至った経緯、理由、その後の行動等を調査した。
  • 女性職員は親の借金の返済が理由と説明した。
  • 着服額の全額弁済を申し出た。
  • これまでの勤務態度もまじめで常習性がないと認められた。
  • 調査結果から、市は、刑事告発は適当でなく、停職1ヶ月が適当と判断し処分を行った。
  • 停職期間中に、この女性職員をめぐる新たな着服事実が判明した。
  • 市は新たな犯罪の発覚を受けて、停職1ヶ月ではなく、諭旨免職の処分を行った。
  • 懲戒免職だと退職金の支払いはない。諭旨免職だと退職金は満額支払われる。
  • 市は「今では批判されるだろうが、当時、弁護士と相談し合法として決めたことだ」と説明する。
  • 平成18年、市は市民からの厳しい声に押されて初めて市職員の懲戒処分規定を決めた。

 朝日の記事にある世田谷消防署の話題に移る前に自治体職員の綱紀弛緩の構造的要因をさぐりたい。

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 自治体職員の綱紀が全国的に弛緩していった理由の一つに、地方自治体が(意識して)懲戒法制を持とうとしなかったことがある。どうしてそれが許されたのか。次のように絵解きができる。

1)国家、地方とも公務員法は「公務員は刑事訴訟法に基づき、職務にかかわる犯罪事実があると認められたときは、刑事告発されなければならない」と明確に定めている。

2)刑事告発をしなかった場合に対する罰則規定について同法は言及していない。

3)総務省見解は「自治体が(職員の犯罪に対して)処分を行うかどうかは自治体の首長の自由」。

4)懲戒処分規定を持たない自由が自治体にある、という意味だ。

5)自治体職員と良好な関係を持ちたい自治体首長は、仮に職員に犯罪事実があったとしても、刑事告発を見送る。そうせよというルール(法律)がないからそれができる。

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 記事に戻る。この記事でもっとも注目されるのは次の箇所である。

…東京消防庁は、発令(時刻)までの時間の過ごし方は個人の裁量の範囲、とみる。その時間に酒を飲むことは特に法令には触れない。しかし、「管理職としては好ましくない」。

…発令時刻に遅れたことは、信義に照らし問題がある。適正に対処したい。

 卑近な表現をとれば、「酒気帯びの非常事態での防災指揮」はアリ。懲戒対象にならない。しかし、集合に遅れたのは、信義に照らし問題なのでナシ、よく調べて懲戒したい、ということだ。

 台風の強風下で、どこで何が起こるかわからない。防災指揮官が酒気帯び状態でいいはずがない。クルマの運転とまったく同じだ。アルコールは人の判断力、反射行動力を奪う。

 酒気帯び指揮で重大な二次災害が起こるとしよう。現在の法制では防ぎようがありません、もしそういう二次災害が起きたら、その時点で法制の整備をしますといっているようなもの。

 指揮官の遅刻にしても同じ。なぜいけないか、信義違反だという。そうではない、指揮官不在では防災体制がとれないからだ。消防署を消防署ならしめているミッションに背馳するからだ。

 こういうわけのわからない法制をバカ法制という。その法制をたてにしてミッション(職業倫理)に不忠実な人たちをバカ職員と呼ぶ。

 民間企業は、こういうバカ法制もバカ職員も持たない自由がある。

 歴史上、強い組織の上級構成員は例外なく綱紀厳正であったと『20世紀の意味』を書いた経済学者ケネス・E・ボールディングがどこかで書いていた。パブリックセクターの人たちの綱紀が弛緩してゆく過程と、国が滅びてゆく過程は重なっているという指摘だ。

 蓮の花がきれいなのは、泥水のなかに咲いているからだ。泥水の中の蓮の花のようなきれいでしっかりとした民間企業がこれからの日本の救いとなるだろう。行政府への期待はできない。

 世田谷署職員の綱紀弛緩を伝える記事から、想像するのはそんなことだ。

コメンテータ:清水 佑三