人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
小林製薬
求む「ごんたくれ」 新製品生む風土・人材育成
2007年8月28日 日刊工業新聞 朝刊 3面
記事概要
家庭用品の製造と大衆薬卸の小林製薬は、ニッチ製品の開発力に定評がある。そういう会社ならではの独特の「求める人材像」がある。「ごんたの10カ条」と社内で呼ぶものだ。「新しいものが好き」、「本音で話す」、「愛嬌があり人に好かれる」などからなる10カ条である。人事部長の藤城克也は「ごんたとは、ごんたくれ=暴れん坊=の意味で、(この条件に合う人を)毎年数人を採用している」という。会長の小林一雅も、言い出したら聞かない“ごんたくれ”だという。素直で聞きわけのよいタイプからは、世間がアッと驚く新商品の開発、販売をリードする人材は生まれない。しかし、「会社は強烈で自己主張が強い社員ばかりでは成り立たない」(藤城)。黙々と自分の役割を果たす多くの社員のモチベーションがあって初めて“ごんたくれ”が生きてくる。おとなしい彼らに主役となってもらう機会をどう作るか、多くの工夫がなされている。たとえば、自分の成果を自分からはアピールしてこない(寡黙な)部下を上司が社長に推薦し、社長自らがその社員にメールを送る「ホメホメメール」や、自分の貢献度を自分からアピールできる「青い鳥カード」と呼ぶ制度などがそれにあたる。こうした多様な努力が実って、小林製薬は年間社内提案数3万7千という「開かれた風土」を実現できたと考えている。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
“ごんたくれ10カ条”はマーケッターの要件である
コメンテータ:清水 佑三
小林製薬は、実に多様な商品群を製造、販売している。ユニークな商品名をみるとそれがよく見てとれる。“ごんたくれ”の話題に入るまえに商品の一部を列挙してみる。
のどぬ〜る(咽喉塗布剤)
ガスピタン(ガス抑制剤)
ミズムズ(水虫治療薬)
タムチンキ(同)
命の母(女性用保健薬)
タフグリップ(入れ歯安定剤)
ケシミンクリーム(シミとりクリーム)
オフロート(入浴剤)
なめらかかと(フットケア)
あせワキパッド(汗ジミ防止シート)
ムクミキュア(弾性ストッキング)
熱さまシート(保冷シート)
消臭元 (トイレ、居間用消臭剤)
サワデー(トイレ用消臭剤)
微香空間(居間用消臭剤)
ポット洗浄中(電気ポット洗浄剤)
プルンポイ(掃除用品)
小林製薬のモットーは「あったらいいなをカタチにする」である。誰もがあったらいいのにと感じるような衛生雑貨商品を作って店頭に置くことをもって使命としている。
小林製薬にしばしば冠せられる“ニッチの”という形容は、「あったらいいなをカタチにする」ことができていることを示す。「人の行く裏に道あり花の山」という証券業界で知られた原則とも通じるものがある。
記事にある小林製薬の“ごんたくれ10カ条”に話題を移そう。次のようなものだ。(創造性がある、などのタイトルは筆者加筆)。
“ごんたくれ10カ条”
創造性がある
EQが高い
エネルギーがある
小林製薬は“ニッチ”を標榜するがゆえに、マーケッター依存度が高くならざるを得ない。そのためにこういう人材要件定義となる。この10カ条は、そのままマーケティングができる人材(マーケッター)そのものとみてよい。
ちなみにマーケッターとは、会社の勢いを一気に押し上げるヒット商品を見つけ、それをモノにするまで会社をリードする「必殺仕掛人」の謂れである。
“ごんたくれ10カ条”について簡単な解説を加えてみたい。どうやってそういう人物を見つけるか、の視点も入れておく。
1 創造性がある
現役時代の長嶋茂雄は、まさにこの通りの人だった。プレーに創造性があった。今まで人がやらないことに挑戦した。例をあげると、敬遠に対する態度である。バットをもたずに打席に入る、バットを逆さにもって打席に入る、敬遠球を打ってサヨナラヒットを放つ。長嶋伝説の多くは、それまでの野球界になかったプレーを彼が創造し観客がそれを受け入れたことを示す。
こういう長嶋タイプを見抜くためには“逆面接”がいい。こちらから質問するのではなく、相手から質問させる時間を長くとる。10人中8、9人の人は紋切り型の質問をしてくるものだ。質問とはそういうものと刷りこまれているがゆえだ。
10人中1、2人であるが、ステレオタイプではないその人の興味から発せられる質問をしてくる。その質問に意外性を感じる場合、質問者はこのタイプである可能性がある。
当社(日本エス・エイチ・エル)の最終面接の経験でいえば次のような質問である。オリジナル性が感じとれればよい。
2 EQが高い
明快な自己主張、本音の二つのキーワードは、北野武の映画づくりの特徴である。『ソナチネ』の紙相撲の場面をよく見るとわかる。あのシーンを撮るために全編があると思えるくらいだ。強いインパクトがある。しかも、映像に愛嬌があり、好ましい。
マーケッターに分析力やIQを求める会社は多いが、筆者はそれに疑問を持っている。マーケッターの本質「人の行く裏に道あり花の山」は、IQ巧者のイメージとは違う。
IQ巧者は、既知の知識が役立たない“けもの道”を本能的に嫌う。IQが高い人に共通する分析力は、咲く花の匂いを嗅ぎ取る動物的嗅覚を奪うところがある。
分析に長けた人は、なぜ売れないかをよく教えてくれるが、こうすれば売れるは教えてくれない。象牙の塔に住む学者はマーケッターと対極する職種である。
EQが高い人をどうやって見つけるか。見つける側に高いEQがないとダメだ。多くの面接官はそれがない。それゆえにマーケッターを採り損なってしまうのだ。ここでも長嶋茂雄が登場する。こういう風に話ができる人を見つければよい。愛嬌という観点での選別だ。
はっきりしない、本音を言わない、はハナから敬遠される。明快な自己主張、本音だけだとそれを聞く相手は疲れ果てる。三拍子揃った人となると極端に少なくなるものだ。愛嬌がある、がポイントだ。
3 エネルギーがある
この5カ条は、マーケッターに限定されない。すべての職種において一流の仕事をする人に共通する性質だ。排除されている次の性質に注意すること。
エネルギーがある人を見抜くノウハウであるが、その人の“プロジェクトX”を漏らさず語ってもらえばよい。巌窟王のような完遂エネルギーを感じ取れない場合は該当しない。多くの面接官が現に行っているやりかたである。
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マーケッター要件について小林製薬の事例を借りて書いた。人材要件の定義法についてのよいヒントがあるとみる。
補足として、日本エス・エイチ・エルの重職たちが合同制作して自らの机を上に貼っている「重職心得」を添えておく。小林製薬と要件定義のスタイルとよく似ている。
日本エス・エイチ・エル
重職の心得 10カ条
自社の求める人材像を「見える化」する過程で、みなさんの参考になれば幸いである。