人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

三井住友海上火災保険
就職イベント「交易商人ゲームで損保事業を学ぶ」

2007年8月14日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 4面

記事概要

 三井住友海上火災保険(三井住友海上)は、09年春入社者(現学部3年生)を対象に、8月13日から、新しい形式の就職イベントをスタートさせた。第一回イベントは、8月13日、東京の同社駿河台ビルで行われ、約60人の学生が参加した。今後、9月中旬まで東京、大阪で合計25回開催し、1700人の参加を見込んでいる。このイベントの目玉は、同社が独自に開発したボードゲーム「大航海時代の交易商人」。ゲームは学生が交易商人になって、大航海中に様々な危険に遭遇するというもの。損害保険のもつ重要性を楽しみながら学べる。ゲームを楽しんだ後は、通常の就職セミナーと同じように、企業営業部門の若手社員が損保事業や三井住友海上の社風などに関する質問に答える時間が設けられている。人事部人事チームの関口洋平主任は、「親しみやすい形で損保に関する知識を深めてほしいと思ってゲームを作成した」と話す。すでに参加希望者は2000人を超え、計画回数以上の追加開催を検討している。

文責:清水 佑三

会社セミナーの新しい潮流

 会社セミナーとか会社説明会と呼ばれるイベントがある。来場者が機関投資家やアナリストである場合もある(IR関連)し、記事にあるような就職を控えた学生たち(採用関連)である場合もある。

 見本市や博覧会に会社単位で参加すれば、それも広義の会社説明会である。その場合、来場者は取引先を含めた世間一般となろう。

 三井住友海上の会社セミナーは採用関連での会社説明会の(改革)事例である。

 まず、採用関連でなされる企業の営みを簡単に概観しておきたい。

 新規学卒採用といわれる雇用業務は、応募者を確保する(パブリシティ)業務と、応募者の中から入社者を確保する(セレクション)業務の、前後二つの業務に大別できる。

 前者には営業的な要素があり、後者には購買的な要素がある。自らを売り込む業務と、相手の売り込みに対応する業務といってよい。

 それぞれに新しい潮流と呼んでいい(改革の)動きがある。ジョブ・ベースト・オペレーションと呼んでよいものだ。

 「仕事の成り立ちや面白さ」を契機にする、広報活動および選考活動である。

 新しい潮流について解説する前に、これまで、どういうことが行われてきたか、それは何故なのかを振り返ってみたい。

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 (有名企業の嘆き)

 (日本の)大学生の多くは、高校からエスカレーターで上がってきた実社会未経験者たちである。大学または大学院の最終年次がはじまる4月上旬、(一年後に就職を希望する人は)一斉に有名企業の就職試験を受ける。正しくは受けることができる。

 有名企業となると、受験者数は一万を超える。大学入学時のような受験料制度がないこと、偏差値による(事前の)入り口調整機能がないことなどが背後事情としてある。

 日本経団連の(新規学卒雇用に関する)倫理憲章=教育側の学事日程配慮から最終年次がスタートするまでは企業側は自主的に就職試験を控える=が、特定日の有名企業への応募者殺到にさらに拍車をかけている。

 次のように有名企業側は考える。

  • 一部の学校推薦組を除き、オープンエントリーの建前を貫き、機会均等でゆきたい。
  • 面接で選別したいが、膨大な数の応募者に面接をするマンパワーがない。
  • テストによって篩いにかけざるを得ない。
  • どういうテストがよいか、ほんとうのところよくわからない。
  • よく使われているテストにしておけば無難だろう。

 かくして、採用数の100倍を超える応募者に対して、大きなコストをかけて、有名中学の入試によく似た業者試験が実施される。カットラインを通過した学生が面接にあがってくる。

 面接官の悲鳴があがる。見るからに優秀な人はごく少数で、大多数は「傾向と対策」に熱心なテストマニアたちである。面接をやっていて面白くない。御定まりの展開となる。

  • 当社って何をやっているか知っていますかと聞いても、あいまいに答える。
  • 当社に入って何をしたいのか聞いても、紋切り型の答えが返ってくる。
  • どうして当社でなければならないのかと聞いても、笑顔でごまかす。

 テストの得点が高いだけで、業界、企業、仕事への興味・関心がない。どうしてこんなことになったのだろう。

 (原因と対策)

 広報活動に「数集め」の論理が支配しているからではないか。結果的に、自社にとっての有相無相の受験を認めてはいないか。

**ナビでクリックすれば応募資格が自動的に与えられる現行方式に問題がある。三井住友海上の会社セミナー改革についての記事はそのように読める。

 それならば、やりかたを変えてみよう。「業界、企業、仕事への興味・関心」を喚起するような就職イベントをやって、それに来た人にのみ就職試験の受験を認めるようにしてみよう。お正月にやった双六を思いだそう。ボードゲームはどうだろう。やってみよう。

 三井住友海上の事例でいえば、ボードゲーム体験者は、

1)大航海ゲームにさわって、保険の重要性がちゃんとわかっている。
2)その上で、仕事や社風についての若手社員の話をよく聞いている。

 筆者の三井住友海上の新しい試みへの解釈はそんな感じだ。応募集団の形成に対する積極的な関心が窺える。応募者を多く集めればよい、という暗黙の前提への疑いがある。

 学生側の受けがよいと記事にある。新しい就職イベントのうねりが起こっている。

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 参考までに、応募者集団から入社者を選別する(採用)後段の業務に対して、エス・エイチ・エルが薦めている考え方を説明しておく。

 「仕事の成り立ち」をテスト題材に使う点で三井住友海上の事例と共通するものがある。

 管理職への昇格試験で使われているテストの論理を新卒採用に応用している。

 実際の仕事場面で遭遇するケース(事例)をとりあげ、それについての情報を充分に与えて、次のようなことをさせれば、入社後の世界をより知りたいと考える層の受けはよくなる。

 プロ野球の入団テストで、50メートル走や遠投をさせて、6秒3、95メートルのカットラインで絞り込むのと同じ合理性がある。ジョブ・ベースト・オペレーションの採用テストへの応用だ。

 以下の手順を薦めている。

1)決裁箱テスト(一次選考)

 机の上に決裁を待っている書類が積み上げられている。短時間でそれを読ませ、与えられた課題への回答を選択肢の中から選ばせる。会社ってこんなことをやっているのか、と驚く受験者が多いだろう。教育的な側面がある。

 仕事でつかわれる情報処理、認知、判断の働きの個人差がよく見える。テストをWeb化できるところに最大の魅力がある。一万人の受験者でも対応可能。1万人から面接対象千人を選ぶときに最も勧められる方法だ。

 従来の中学入試型のテストと比較するとよい。上位得点者がまったく違う人種となっている。どちらの集団を選択するか、企業のリスク・テーキングの問題だ。

2)グループ討議(二次選考)

 応募者数人でグループを組ませ、仕事上の障害にどう対応するか、与えられた資料を使って議論を戦わさせる。最終的に対応策を共同で立論させる。ここでも入社後の会議ってこんな感じか、と新鮮な驚きを与えることができる。会議を不当占拠した不逞の輩に腹がたつ自分に気づく。こういうヤツとはやれないな、と感じる。教育的側面がある。

 自分の考えを会議の場ではっきり言える、人の考えをよく聞くことができる、などの対人面での個人差がよく見える。面接にあげる対象を絞る二次選考向きだ。

3)プレゼンテーション(三次選考)

 仕事上の障害についての多様な情報を与え、解決策の提示(発表)を求める。発表後に質疑を行う。発表内容は評価対象にしない。質疑でのやりとりをよく見る。採用側(質問者)が質問の形でプレッシャーを適切にかけ続けると精神の平衡力の個人差が見えてくる。

 会社に入社するとはこういうことかと驚くだろう。発表することと、厳しい質問に答えることがつながっていることを知って驚く。発表内容で自己満足する余裕がない。こういうプレッシャーに将来、自分は堪えられるか、応募者にとって自問自答する機会となろう。教育的側面がある。

 三次合格者に対して面接をすればよい。面接は従来どおりのやりかたでよい。誰に被面接権(面接を受けられる資格)を与えるかだけが問題なのである。

 三井住友海上の「大航海ボード」の次に来るべきステップである。

 テスト問題が損保業務における「面白さ、難しさ」に溢れていれば、それに刺激されてやる気になる層が選別されて上がってくる仕掛けをつくれる。

 配属後に「今年の採用チームは冴えている。社長賞ものだ」の声が出るだろう。

 ジョブ・ベースト・オペレーションの採用テストへの応用だ。

コメンテータ:清水 佑三