人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
社保庁
職員の年金着服1億3291万円 12年間で24人 端末悪用架空人物偽造も
件数、金額「氷山の一角」 内部でも実態は闇
2007年08月03日 毎日新聞 朝刊 1面
記事概要
毎日新聞の取材で、去年までの12年間に、社会保険庁(社保庁)職員による年金保険料の着服・不正受給などの事案が少なくとも24件あり、それらの被害総額は1億3291万に上ることがわかった。不正行為をした24人のうち、課長や次長などの管理職、専門官らが18人と4分の3を占めた。21人は懲戒免職、2人は依願退職、1人は退職後に着服が発覚し、刑事告発された。着服による被害額は約3184万円、不正受給によるそれは1億107万円と不正受給による被害が大きい。不正受給の手口は様々あるが、たとえば架空の人物の厚生年金記録40年分をオンライン端末の不正操作で偽造して申請し、計4443万円を不正受給した事例などが目立つ。社保庁は、職員の着服が国会で問題になった'99年まで、会計検査院への詳細報告、刑事告発などの手続きをほとんどとっていなかった。社保庁の三枝寛・職員課長は「職員の将来への配慮などで刑事告発をしなかったことがあったかもしれない。'99年以降、表面化していない着服があったとは考えたくない」と事実関係について言葉を濁した。(野倉恵)
文責:清水 佑三
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消えた年金記録と着服、不正受給の関係は本当にあるのか?
コメンテータ:清水 佑三
職員による横領や盗みなどの犯罪は、社保庁の専売ではない。例えば、郵政公社を例にとれば、'04年度の職員による不正被害額が15億9000万円に上ったという報道が過去なされたことがある。
民間の企業でも従業員による不正は後を絶たない。官において固有の問題ではないことを踏まえておくべきだ。
にもかかわらず、社保庁のようには、税務署職員による税金の着服・横領事件は報道されない。同じ“官”であるのに、何が違うのか。この違いに関心をもつべきだ。
筆者の見解は単純である。一言でいえば“組織と倫理”の違いである。
税務行政には厳然とした組織と倫理が存在する。
組織とは、国税庁長官、税務署長、税務署職員を貫く報告と命令のラインをいう。倫理とは「徴税は法に則り粛々となされねばならない」という強い規範意識である。
税務署における組織構造をみてみる。たとえば国税を担当する部署なら、統括国税徴収・調査官(課長)−上席国税徴収・調査官(課長補佐・係長)−国税徴収・調査官(係長・主任)−事務官(一般職員に相当)という裁量・責任ラインが厳然とある。
仮に末端の事務官であっても、税務Gメンとしての矜持がある。税を徴収される側の論理と対抗できる専門的な知識と経験が必要だ。必死になって『税法』を勉強する。肩書きはつかなくても大企業の経理、会計の責任者と対等にわたりあう根拠と能力が必要だからだ。
やりあった末に徴収に成功した貴重な税をネコババをして自分の価値ある将来を自ら捨てるようなことは、彼らには毛頭思い浮かばない。職業に対する強い誇りと倫理観があるからだ。
他方、社保庁にはそういう意味での組織と倫理は見えない。
まず、組織体としてのピラミッドは存在しない。巨大な文鎮が存在する。厚労省出向の十数人の本庁キャリア組が文鎮でいうと「つまみ」にあたる。すべての裁量はここでなされる。
全国2万7千人の地方社会保険事務所に勤務する現地採用職員が文鎮でいう「重し」部分にあたる。彼らは実務処理部隊であり、高度の裁量権はないといってよい。
倫理はどうか。社保庁のキャリア組が、税務署の事務官ほどの職業上の倫理観、使命感、責任感をもてばよい。伝えられる報道では、在任2年間で「自分のキャリアに傷がつかないことだけを考えている」そうだ。
海千山千の組合(自治労)幹部との団体交渉くらい彼らにとってやなものはない。
年によっては年間100枚もの労使覚書にサインさせられる。命がけの団体交渉などはハナから頭にない。殴られても組織の存在価値を守ろうとする強靭な精神など無きに等しい。死んだ振り(サイン)をし続けて厚労省に戻ればよい。
民主党の調査によれば、過去61年間で、収受した年金保険料のうち、支払い者に給付(戻されなかった)経費的な金が6兆3千億円あったという。年間1千億円の勘定になる。
どこに行ったか。グリーンピアとか(不備と言われている)システム経費とかに行った。いずれも「冗費性」が指摘されている。文鎮のつまみ部分が腐ってしまっていて機能していなかったということ。
この組織不在、マネジメントゼロがいろいろな問題を作った。労働強化を叫んで実務部隊にまともな仕事をさせなかった自治労の暴走は別問題である。
筆者の見解はかくのとおりである。翻って毎日新聞の論理はどうか。記事に話題を移す。
***
毎日新聞の1面トップの記事で大事な点は、見出しの年金着服1億3291万円の詳細事例にあるのではない。野倉恵記者が3面の「解説」で書いている次の点だ。
…年金問題には、5000万件に上る「宙に浮いた年金」に加えて「消えた年金」がある。前者は記録はあるが被保険者が特定できないものだが、後者は年金保険料の納付データがオンライン台帳にも残っていないという深刻な記録漏れだ。
…今回、明らかになった社会保険庁職員による着服・不正受給は「消えた年金」の一因と見られ、実態解明は急務だ。
…重大な不正が国会で問題視された'99年ごろまで、同庁は、着服による懲戒処分も人事院に件数しか報告しなかった。それ以前の実態は「内部の人間にもよく分からない闇」(元社保庁職員)との指摘もある。
…不正がオンラインの操作で行われた場合、必要な要素が揃っていれば気づかれないケースもある。
…12年間で24件、約1億3000万の着服・不正受給は、社保庁や全国の社会保険事務所などに毎日新聞が取材し、明らかになったものを積み上げたものだ。このため「氷山の一角」(元社保庁職員)で、実際の件数、金額はさらに膨らむ可能性が高い。
野倉恵記者が以上の文章をもって暗喩的に伝えたかったメッセージは次のような内容である。
社保庁が自らの職員による着服、不正受給等の事実が露見しないように、意図して、年金保険料の納付データの一部をオンライン台帳から消し去ったのではないか。
仮に野倉記者がいうとおりだとしよう。その場合、社保庁問題は、宙に浮いてしまった年金を地上に戻す「記録補正問題」とは違う様相を呈してくる。証拠隠滅という組織犯罪(の指摘)である。
杜撰であること、怠業することと、組織ぐるみの犯罪とはまったく違う。そのことに注意を求めたい。
野倉仮説は、ナチスによってなされた対ユダヤ人弾圧の証拠を隠滅するために、ナチスが記録を組織命令によって焼却した、という摘発に近い。
大新聞の一面を使って“一国政府の名誉を貶めることにつながる訴え”をするのであれば、十分な調査による証拠の提示が必要だ。ウォーターゲート事件でのワシントン・ポスト紙のように、である。
野倉恵記者のこの記事にそれだけの準備と資料があるか。筆者の見解はノーである。
よく読むと、元社保庁職員の「氷山の一角」「内部の人間にもよく分からない闇」というコメントだけしか根拠はない。
大上段に振りかぶって、社保庁の組織犯罪を暴くにはあまりにプアな材料だ。新聞記者のレベル、取り上げるデスク、いずれの意味でも「地に落ちた」感を拭えない。
一面トップを使うなら、もうちょっとちゃんとやってよ、と思う。
社保庁の問題を息長く追求してきた民主党の長妻昭議員の爪の垢を煎じて飲むべきだ。