人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本球界 年金制度充実へ問われる球団姿勢

2007年7月19日 フジサンケイビジネスアイ 朝刊 24面

記事概要

 2001年制定の(確定年金給付)企業年金法によって、2012年までに「適格退職年金(企業年金)」は廃止、または新制度へ移行が義務づけられている。日本のプロ野球の現状は「国民年金」と廃止か新制度導入かで話し合いが続く従来型の「適格退職年金(企業年金)」の併用制である。後者の現状を見ると、対象は一軍、二軍を問わない。選手、コーチ、監督、審判員として10年以上プロ野球界に在籍すれば、55歳から在籍年数に応じた年金を受け取ることができる。金額は最低で年額113万3千円、最高でも142万円である。10年以下だと、引退時に在籍年数に応じた一時金を受け取る仕組みになっている。個人負担額は、在籍年数に応じて、7万1千円(1〜3年)、9万5千円(4〜6年)、12万円(7〜15年)、0(16年以上)の四段階である。プロ野球選手会は、廃止ではなく、新たな枠組み制定を求めているが、累積赤字球団を多く抱える機構側は、負担増につながる改定に難色を示している。一方、大リーグはどうか。メジャーとマイナーで条件が違う。3A以下は年金制度がない。メジャーで10年プレーした選手は、62歳から年額16万5千ドル(約2013万円)を手にでき、日本とは雲泥の差だ。一方、日本のサッカー界に目を転じると、企業年金にあたる制度をもっていない。「今後、何らかの制度を考えて行きたい」のレベルにとどまっている。(佐野慎輔=産経新聞運動部長)

文責:清水 佑三

年金を制するものが社会を制す

 長く活躍したプロ野球選手が日本球界から受け取る年金が、メジャーの約14分の1というのはいかにも寂しい。少子化社会において、優秀素材の囲い込みにもマイナスに働くだろう。いろいろな理由が考えられる。

 メジャー、相撲、サッカー(との違い)をとりあげてみる。

 (日米野球機構の違い)

 日米の(野球)機構の収益構造の違いをまず指摘できる。アメリカは、野球に限らず、アメフト、バスケット等の中央機構がビジネス体としての当事者能力をもっている。それぞれの機構の企業努力がそのまま機構側の資金を潤沢にする構造がある。

 日本のプロ野球組織はそうではない。いってみれば町内会のようなもの。会費収入がほとんどすべてである。どうしてそうなるのか。

 歴史によるとしかいえない。構造改革をしたくても、抵抗勢力が強すぎる。

 最大の収益源であるテレビ放映権料等の権利収入は、各球団に帰属している。人気のある球団は多額の権利収入が入るが、そうでない球団は雀の涙となる。財力が発言力に投影される。

 町内会費と同じで同額徴収が原則となる。赤字球団が多ければ、徴収する会費の額はどうしても増やせない。

 乏しい会費収入をもって年金原資とせざるを得ない。結果として、メジャーの14分の1の年金額になる。悪条件下で、ある意味で頑張っているとも言える。

 (大相撲との違い)

 記事中にもコメントがあるが、大相撲の年金制度は一般企業のそれに近く、一部メジャーにも近い。

 特筆すべきは、財団法人日本相撲協会が、一事業者として厚生年金基金制度に加入していることだ。協会幹部、呼び出し、行司、力士のすべてが協会の職員のような扱いで、一般企業の社員なみの年金メリットを受ける。

 メジャーでは、各球団が掛け金を支払い、個人負担はない。一日でも公式試合に出場すれば、年金を受け取る権利が発生する。財政豊かな故である。同じような仕組みが大相撲にもある。

 場所手当の支給対象外の三段目以下の力士については、協会が厚生年金へ加入金を支払っている。選手個々の支払い負担がないメジャーと同じである。

 また、年寄名跡(年寄株)という大相撲独特の年金的制度がある。この制度は、十両十枚目以上の本場所を通算30場所以上勤めることによって得られる資格で、これを持てば、日本相撲協会の役員になったり、相撲部屋の親方となって引退後も安定収入を得られる。株であるので、売買も可能だ。

 ただ、年寄名跡をそのまま年金制度としてみるには無理がある。わずか105株しかなく、億単位で売買されている実態があるからだ。しかし、一代年寄のように、功績のあったお相撲さんに対する引退後の保障装置として眺めてみると年金制度的な一面はあろう。

 (Jリーグとの違い)

 Jリーグがスタートした1993年度の日本協会の予算は約35億円である。それがW杯開催によるサッカー人気で、2003年度には10年前の5倍に当たる約162億円にまで膨らんだ。

 こうした予算規模の急激な拡大は、会費収入を除きオールスター戦と日本シリーズの興行収入と放映権収入に頼るプロ野球ではあまり期待できない。

 サッカー日本協会の収入のメインは、日本代表の試合による興行収入と、テレビ放映権料などが主体だ。陰りが見えてきたとはいえ、日本代表戦を増やせば増やすほど収入が増えるようになっている。代表戦をある程度自由に増やせるのが魅力だ。

 サッカー界にも年金制度導入に向けての動きはある。

 共同通信によれば、プロ野球選手会にあたるJリーグ選手協会は、今年の5月、選手引退後の生活保障のために確定拠出年金(日本版401k)などに加入した選手に対して、掛け金に応じた額を支給する支援制度を導入する方針を固め、原案を各クラブの選手代表に提示した、という。

 選手協会の中山雅史前会長によれば各クラブの意見を集約し、今秋にも新制度をスタートさせたいとしている。加藤富朗事務局長によると、現時点で掛け金の2、3割の支給が可能で、今後はJリーグ側と話し合い、資金的な協力を得て、さらに選手側の負担軽減を目指していく。(同ニュース)

 プロ野球やメジャーとの違いは、機構側による(いわゆる)企業年金ではないことだ。あくまで、確定拠出年金に個人で加入した選手に対して、クラブ側、Jリーグ側への支援の要請である。そういう意味でサッカー界は日米の野球界に遅れをとっているといえる。

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 イチローがこのほどマリナーズと結んだ5年間の契約が話題になっている。日本円換算で年平均21億9千万円はやはり凄い。こうした金額を支払うことができる球団も凄いし、そういう球団経営を許す大リーグ組織も凄い。

 彼らにできて、われわれが出来ない理由は何か。プロ野球界の人事改革を阻むものは誰か、の問いである。

 行政改革を阻んでいる構造と同じだ。省益あって国益なし、にすべてが言い尽くされる。たった一つの人気球団によって機構が実質的な支配を受けている。その球団の不利益となるすべての改革案は粉砕される。

 小泉純一郎が政治の世界で振るった蛮勇が必要だ。彼は、集票マシンとセットになっていた利権集団(土建、郵政、医師会等)を無力化して、田中角栄が基礎を作った税の還元システムを壊した。

 それができたがゆえに、政治ファンによるガラガラポンが可能になった。ことによると、二大政党がぎったんばっこする図が日本において現出するかもしれない。小泉治世の余慶である。

 同じことを野球界でやればよい。たった一つの人気球団から機構の支配権をもぎとればよい。もぎとって、アメリカ型の機構を中心としたビジネスモデルを再構築する。

 野球の面白さをファンに返すのが目的だ。ファンとの距離が縮まれば、機構の収入は増える。改革をやるのは誰か。

 孫正義か、星野仙一か。

コメンテータ:清水 佑三