人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
三井物産=07採用戦線 我が社の一手
執行役員・人事総務部長 山本憲一氏
少人数の説明会開催
2005年10月12日 日経産業新聞 朝刊 23面
記事概要
産業部、松尾博文記者のインタビュー記事。対象は三井物産の執行役員・人事総務部長山本憲一氏。山本氏は56歳で、名古屋工業大学機械工学科卒後、三井物産に入社し、ITマーケティング事業部長、秘書室長等を経て現職。インタビューにおける質問は、05年度、06年度の採用実績と07年度の新卒採用方針、どのような人材を求めているか、商社ならではの採用の苦労、環境装置データ改ざん問題の採用への影響など。質問に対して山本氏は「採用計画は営業部門とのすり合わせを基に決めている。配属先を考えての採用はしていない。どこでも通用するような、自分を客観化できる人、仕事を通してリーダーシップを発揮できる人を優先して採っている。不祥事についても会社側の思い、取り組みを率直に語った。理解を得られたと思うし、学生の間で三井物産の評価が下がったとは考えていない」と話した。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
謙虚な人を求める「物産」
コメンテータ:清水 佑三
岩手日報の客員論説委員である前田邦夫氏は、今年1月18日の同紙論説欄で三井物産のディーゼル車の黒煙除去装置にかかわるデータ改ざん、補助金不正受給問題に触れ、次のように書いている。
・・・三井物産は営業取引能力もさることながら、国際的情報収集能力は傑出しており、外務省などは足元にも及ばない。1986年11月、フィリピンで同社マニラ支店長が武装5人組に誘拐されたが、同社はすべて自社の力で、この危機に対応し、翌年3月末に人質を無事救出した。危機対応能力のすばらしさを示す好例である。海外に進出している各日本企業は、現地情報収集にはまったく大使館をあてにしておらず、総合商社の情報に頼っているのが実情である。
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この論説中にある三井物産マニラ支店長とは若王子信行氏のことで、私が12年間住んだ藤沢(彼は鵠沼)の人だ。若王子氏のすぐ隣に友人の家があり、事件当時、興奮した友人からいろいろとご近所の噂ばなしが飛び込んできて、今なお鮮明な記憶がある。
物産側は身代金4億5000万円を犯人側に渡し、若王子解放につながったといわれた。事件は紆余曲折があったが迷宮入りとなった。前田邦夫氏のいう物産=情報機関説は私ごとであるが、納得感がある。
私の母方の大叔父に戦前の物産マンがいた。長く上海に住んで貿易で活躍し、帰国後、神奈川県逗子に豪壮な居宅を構え、親戚中でもっともハイカラな雰囲気を漂わせていた。子供ごころに物産って凄いと思ったものだ。
パイプをくゆらして流暢な英語を使って話す大叔父の風貌風姿は、篠田正浩監督の『スパイ・ゾルゲ』に登場する朝日新聞記者尾崎秀実を彷彿させる。面白い裏話をたくさんしてくれたが、尾崎秀実の上海生活と同じようなことをしていたのだろう。
コンプライアンスという原理など、尾崎にも大叔父にもまったくなかったのではないか。
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エコノミスト小村智宏氏は、自分の周囲の物産マンの現状を次のように描いている。
・・・私たちの研究所の役割は、物産マンと力を合わせて新しい事業を創造していくことにあります。そのために、私が日々接している物産マンの多くが、事業創造を志向する人たちであり、私から見ても、実にアグレッシブで、魅力的な人々です。新しい事業を創造していくためには、普通のことを普通にやっているわけにはいかない。常識を超えた発想と、先輩たちの成功経験を踏み越えていくだけの情熱が欠かせません。それを持った人が三井物産という企業の成長エンジンであり、企業カルチャーを作ってきたのだと思います。
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「普通のことを普通にやっているわけにはいかない」という表現の中に、組織の力に頼らず、個人技に依存してきた物産の伝統、力の源泉を垣間見る。物産=情報機関説をつくるほどの情報収集力は「普通のことを普通にやっているわけにはいかない」とセットである。
人の世の不思議は、絶対に表に出ない筈の「普通にやっているわけにはいかない」ことが表に出てしまうところにある。政治家、勝負師に限らず一寸先は闇なのだ。
記事中の山本憲一氏のコメントが思い出される。物産の軌道修正宣言である。
「槍田社長は高い志と謙虚さを持つように社員に呼びかけている」
「(新卒採用では)自分を客観的に見ることができる謙虚さを持ち合わせているか、を重視している」
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市井のひとりの「謙虚さ」研究者として、謙虚という人の性質の一面について、付言してこの稿を終えたい。
謙虚な人とは・・・、